030 ラリー・オルムステッド「その食べ物、偽物です」(爆) [Apr 29, 2021]

原題 Real food, Fake food 、日本語訳の副題が「安心・安全のために知っておきたいこと」。米国の料理ジャーナリスト、ラリー・オルムステッドの著作。ただ、読み進むうちにだんだん疑問符が頭の中で大きくなる。この人は一体何を問題にしているのだろうか?

この本の最初には、クラフト社の粉チーズはボール紙を削ったらこんな味がするだろうと思わせる。これは比喩ではなく、同製品には4%から8%、植物由来のセルロース成分が検出されたと書いてある。

日本版発行者である早川書房もこれには強烈な印象を受けたようで、あとがきの中でわざわざ、クラフト社の粉チーズは日本でも売られているが、原料は生乳と食塩だと念押ししている(クラフト粉チーズの輸入販売元は雪印)。

ここまで読むと、著者は食の安全性を問題にしていると思うけれど、それは早合点である。ほぼすべての寿司レストランで本物のマグロを出していないとか、神戸ビーフが米国全土で食べられるほど供給されていないとか、この著者の関心はむしろ「商標権=ブランドの詐称」なのだ。

かなり前のことになるが、日本でも代用魚が問題にされたことがあった。その時書いたことと私の意見はほとんど変わっていない(こちら)。バナメイエビを車エビと言って出したところで、騙される奴は車エビの味と値段を知らない奴だけである。

魚にせよワインにせよ、旨いものは旨いし、値段の割にたいしたことのないものもある。そして、値段が安くてもおいしく食べられるものはたくさんある。コービー・ブライアントのおかげで神戸ビーフが有名になったのかもしれないが、私自身神戸牛を買ったことはない(松阪牛は何度も買った)。

著者のいうように、中国や東南アジアで養殖されるエビが何を飼料としているのか、抗生物質を投与しすぎていないか等の問題はある。しかし、養殖場を作るためマングローブが伐採されているとか、奴隷労働・人身売買の温床であるとかは、食の安全とはまた別の問題である。

現に日本の場合、ブラックタイガーもバナメイエビもいまや市民権を得ている。旨いかどうか、安全かどうかは問題であっても、ブランドかどうかはたいした問題ではない。ヒラメのエンガワが回転寿司で出てくる訳がないのだ。

驚いたことに、大東島で有名な「下剤魚」バラムツが、米国ではツナと称して売られているそうだ。アメリカ人の胃腸はたいそう丈夫である。バラムツは少し食べる分にはおいしいらしいが、日本では販売禁止で市場経由では流通しない(大東島に行って食べるしかない)。

全巻読んでみて感じるのは、この著者は米国の読者が不快に感じることを脈絡なくつなげて書いているだけで、一貫したポリシーとか言いたいことがあるのではないということである。

自分が経費を使って世界中でおいしいものを食べることが大事なのであって、どうしても言いたいことがあるからニューヨークタイムズやフォーブスに寄稿している訳ではない。

本当に東南アジアの養殖場で行われている奴隷労働に憤慨するなら、まずそのことをレポートすべきであって、生産されたエビを問題にするのは筋違いである。こういうのを「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というのである。

現に、著者自身「神戸牛と他の有名産地の牛肉の区別はつかない」と言っているし、「そもそも和牛なんて毎日食べるものじゃない」そうである。だったら、和牛だの神戸牛についてもっともらしく語るな。

日本の読者にとって、アメリカン・ワギュウをコーベビーフと名付けて売ったところで実害はない。カリフォルニアのスパークリングでも、クレマン・ド・ブルゴーニュでも、シャンパンで問題ない。

アスピリンがもともとバイエルの商標だったというようなトリビアこそ満載ながら、私には食通気取りのくだらんジャーナリスト気取りにしか見えない。実際、日本語訳はこの本以外ほとんど出ていないようである。

[Apr 29, 2021]


商標権に関するトリビアは書いてあるけれども、著者が何を問題視しているのかよく分からない本。少なくとも、副題にあるような食の安全について啓発する本ではありません。