160 ゴミを焼く [May 6, 2021]

年寄りが増えてくると、ゴミ屋敷も増えるらしい。ものの本によると、ゴミをため込む発端の一つが分別ができないからであるという。そういえば、N国党の市長候補者も、公約で「めんどくさいゴミの分別を廃止します」とのたまわっていた。

半世紀前は、分別どころかゴミの収集さえいまのように厳密に行われていなかった。生ゴミは穴を掘って埋めていたし、紙クズは家で燃やしていた。

当時は、成年人口の半分以上が農業従事者であった。土地はいくらでもあったし、環境問題もうるさくなかった。家で燃えるゴミを燃やさないように推奨されていたのは、ダイオキシンのせいではなく火事を防ぐためであった。

「火事と喧嘩は江戸の華」ではないが、昔は火事が多かった。現在では、大きな火事だとニュースになるが、その頃火事をニュースにしていたらきりがなかった。

消防庁のデータによると、全国の火災発生件数のピークは昭和48年(1973)の7万3千件、焼損面積は昭和44年の270万平米であった。平成元年度にはそれぞれ2万1千件、110万平米だから、3分の1くらいに減っている計算になる。

もちろん建材が新しく燃えにくくなっていることもあるが、普通の住宅地でたき火をするという風景を全く見なくなったことが大きな要因ではないかと思う。昔は落ち葉は集めて家の前で燃やしていたが、いまでは指定ゴミ袋に入れて生ゴミで出さなければならない。

今でも覚えているのは、学校の裏庭で、不要となったさまざまなものを大きなたき火をして燃やしたことである。もうすでに校舎は鉄筋コンクリートなのに、そんなことをしていたのである。

すべての学校には小さな焼却炉があって、毎日出るゴミは用務員さんがここで燃やしていた。だが、学校では大量の紙ゴミが出る。おそらく学期末にそれらのゴミをまとめて燃やしていたのだと思う。

いまではそんなことは許されないけれど、ゴミ屋敷のゴミは火をつけて燃やしてしまえば灰になって分量が減る。いまだと、清掃局から職員がきて分別して回収するから大事になるが、燃やしてしまえばすぐに問題解決である。

50年前であれば、それで問題なかったのである。もちろん、年寄りの絶対人口も少ないし、人口に占める割合も少なかった。寝たきりの老人はいたけれども、ボケたり徘徊する老人はあまり見なかった。

ときどき、自分が老人の年齢になっていることを思い出してはっとする。他人のことを言う前に、自分がボケたり寝たきりにならないよう気をつけなければならない。

[May 6, 2021]


いまでは焚き火はキャンプ場で焚火台とかシートの上でするものになってしまったが、昔は家々の庭に穴を掘ってゴミを焼いてました。