172 ルイス・ダートネル「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」 [May 18, 2021]

原題 The Knowledge – How to Rebuild Our World from Scratch、「知識 ~どうやって世界をゼロから再構築するか」である。日本語訳の題名とはかなりニュアンスが違う。

著者が想定しているのは核戦争や巨大隕石の衝突などにより地球上の大半の人類が滅び去り、残された人達でゼロから世界を再構築する際にどうするかということである。

そうした脳のトレーニングは嫌いではない。以前、無人島に漂着したという小説の書評で、誰も島の正確な位置を知ろうとしないのに救助を求めて船出したという場面に強烈な違和感をもったのだけれど、未知の環境におかれた時、いまある知識をどうやって使うかというのは死活的に重要である。

あるいは、いまの自分の記憶が1枚のチップに還元されて、遠い将来に何かのハードウェアに搭載されて再起動した場合に、どうやって生き延びるかを考えておくことは役に立つかもしれない。

その意味でいうと、著者の答えは私の想定したものとはかなり隔たりのあるものであった。著者は、工業をはじめとした産業、科学技術、運輸通信手段などをどのように再構築するか、そのために必要な知識は何かということに頭を使っているけれども、私の考えでは、その多くは世界の再構築に必要ない。

確かに、破滅後の世界が北斗の拳の世紀末では困るし、それなりの秩序が保たれるという想定はそうあってほしいものだが(あんな筋骨隆々とした連中が揃うとは思えないが)、一世代かそこらの期間で農業が可能となり、工業製品の生産ができるとはとても思えないのである。

だとすれば、より優先順位の高い頭の使い方としては、そうした状況下でいかに生き延びるかということではないだろうか。

著者は、そうした知識は数あるサバイバル本に任せるというのだが、いきなり産業の復興というのはいかにも唐突であり、そこまで行き着くのは次の世代以降というのが普通である。だとすれば、そうした知識をいかに継承するかという教育の問題となる。

無人のスーパーマーケットや、誰も住まなくなった廃屋の存在を想定しているのだから(地下タンクに相当量のガソリンが放置されることさえ仮定している)、産業の復興よりも優先順位が高いのはいかに自らの身を守るか、安全を確保するかではないかと思う。

限られた輸送手段の中で、移動に当たって何を持ち、どこに向かうのが最も生き残るチャンスが大きいのか。著者も都市部にいては危ないことまでは書いているのだが、例えば水は、簡易ろ過機を使って飲料水を確保するという考えである。それよりも、清潔な水があり、最低限の食糧を採集できる土地をめざす方がよさそうだ。

生き延びるという点を最優先に考えるならば、まず医療、公衆衛生をどうするか。清潔な水、寒さや雨風をしのぐ住居、当分飢えないだけの食糧、これらをどう確保するか。移動する人数は何人くらいが適当か。無人のスーパーマーケットがいくらでもある訳ではあるまい。

次に、身を守るための手段。飢えるのは人間だけではないだろうから、狂暴な野生動物からどうやって身を守るか。他人の資源を奪って生きようとする狂暴な人間をどうするか。何しろその世界には、治安を守ってくれる軍隊も警察もないのである。相当量の武器を身近に用意しなければならないだろう。


原題は「ゼロから世界を再構築するための知識」ですが、日本語題は超訳しています。個人的には、著者がいうより重要な知識があるし、もっと大切なものもあると思います。

 

また、化学工業や通信伝達技術よりも先に用意しておかなければならないのは、時間・空間を越えた価値の移転手段と信用の創造ではないかと思う。

経済学の教えるところ、一人が生きていくためのすべての仕事をするよりも、分業する方がより多くのアウトプットを得ることができる。分業をより広くとらえた概念が、交換であり貿易である。

交換なり貿易をするためには価値の移転手段が必要で(その頃、紙幣はただの紙切れである)、大規模な投資を行うためには信用を創造しなければならない。金貸しだっていないし、担保にするものもない。

紙幣やコインは使えない、プリペイド決済もできない、もちろんスマホも使えない世界では、交換できる範囲も品物もごくごく限られたものになるだろうし、個人が短期間に作れる以上の機械設備もできない。

著者がいうような方法で生産設備を再構築できるとしても、それを作っている間食べるものはどうするのか、その仕事にあたる人をどうやって確保するのか。まさか、戦争で確保した捕虜や奴隷を使うというのではあるまい。

送電施設が使えなければ手近に発電設備を持たなければならないというが、それよりも、電気がなくても生活できるような方法を考える方が、生き延びるには近道のような気がする。

それに、いまの世界が滅亡するとしたら、巨大隕石が衝突することで起こる確率よりも、戦争や人為的な要因によって起こる可能性の方がずいぶん高いように思う。

だから、せっかく復興しても再び滅亡に向かう世界よりも、より長く生存できる、地球環境と共存できる世界の方が望ましい。技術の進歩や便利な生活などいらない。むしろローテクな、労働集約的な世界の方がいいのではないだろうか。

そうした世界でも重要なのは、医療であり公衆衛生である。感染症の防止には清潔にすることが最も大切であり、石鹸の生産は不可欠であると著者はいう。そこまでは同意なのだが、次に来るのが新薬生産のための治験の話なのである。

別に厚生省も医師会もないのだから、誰も薬品を認可する訳じゃないのに治験?危険の有無さえ確認しておけば、効果は使って調べればいいだけの話では?

日本語題に合わせていうならば、この世界が消えたあとに大切なのは科学文明をつくることではなく、より健全な価値観をどうやって確立し継承していくかではないかと思う。

[May 18, 2021]