110 すぐそばに来ているインフレ [May 19, 2021]

自分でもよかったと思うのは、リタイアする何年も前から年金生活の準備をし、そうなった場合に備えてシミュレーションや予行演習を怠らなかったことである。その意味で、いま考えておかなくてはならないのはコロナ後に何が起こるかである。

もちろん、何も起こらないでこれまで同様の生活が送れるのなら問題ない。しかし、リスクがあってその確率は小さくなく、一方でほとんどの人がそれに向けて準備をしていないという場合、えてして何か起こってしまいがちなのである。

GW前後はステイホームが推奨されたので、図書館に行って何冊か本を借りてきた。1年前の今頃は図書館が閉鎖になってしまったが、今年はオープンしているのがいいか悪いか分からないけれど、それはさておき借りてきたのは野口悠紀雄先生の本である。

野口先生には40年前、会社のいわゆる「背広ゼミ」で半年間教えていただいた。だからおそれ多くて呼び捨てにはできない。

その中で、現在まさに行われている異次元金融緩和について書かれていて、その本質は国債を日銀で引き受けて実質的な債務から逃れようとするもので、歴史の教えるところ、いずれインフレを招かざるを得ないという。

異次元金融緩和前の2013年3月末、日銀の保有する国債残高は94兆円、国債残高に占める割合は11.6%であった。この本の書かれた2018年9月末には、それが455兆円、45.7%に急増している。

現在はさらにすごいことになっていて、今年3月末では532兆円、推定で57%程度である。バランスシートの反対側は日銀当座預金の増、つまり、金融機関が日銀に置かされている残高で、預金者から金融機関に支払い請求があればすぐにお札になる。

つまり、金融機関全体のバランスシートを合算すると、国民が預けた巨額の預金は、知らない間にほとんどすべて国債となり、政府の支出に使われているということである。みんなが払い戻そうとしたら、いっぺんに足りなくなる。

そして、国債の総残高はもうすぐ1000兆円。GDPが540兆円くらいだから、その倍である。税収が60兆円弱、約30兆円は年金とか福祉関係にあてられるから残りは30兆円、利率3%になれば全部利払いで飛んでしまう。

もちろん、日銀が実質的に引き受けているということは払った利息は政府に戻るということだし、税収が足りなければ消費税を上げるんだろうからそう簡単には破綻しないが、危ない綱渡りであることは間違いない。

過去の歴史は、こうした政策はいずれ悪性のインフレを招くと教えている。実質成長率は2%とか3%なのにマネーサプライが年率5%以上増えていて、お気楽な日銀総裁が「物価が2%くらい上がらないのはおかしい」と言っているのだが、いずれその分まとめて上がるに決まっている。もう7~8年になるから、一気に15%とか20%くらい上がることになりそうだ。

今そうならないのは、デフレはまだ続くと国民が(マーケットが)思っているというそれだけの理由である。新貨幣理論とかいろいろ後付けで理屈は考えられているが、実際は、「みんながそう思っているからマーケットがそうなっている」という同義反復的で根拠薄弱な理由に過ぎない。

何か予期しないアクシデントが起これば、一気に貨幣価値は下がる。GDPはたいして増えていないのに貨幣供給が倍近くなっているのだから、ものの値段が上がらざるを得ない。1万円で買えるものが来週は1万2千円になるなら、みんな今週買おうとする。そういうものである。

その時になって「商品は十分あるので買いだめ・買い占めはしないようにしましょう」といったところで、マスクに殺到しユニクロに殺到し、かつてはトイレットペーパーに殺到した国民が理性的に動けるとは思えない。値上がりは値上がりを呼び、金利は上昇し、インフレが急拡大するまで時間はかからないだろう。


お気楽な日銀総裁は物価上昇率が2%にならないと言っているけれど、上がる時には一気に10%になっておかしくない。

 

それでは、何がきっかけとなってインフレが起こるだろうか。

いま、コロナで世界じゅうの生産活動は停滞している。幸いに、食糧生産が落ち込んでいないから深刻な供給不足には陥っていないものの、不作にでもなればものの値段が軒並み上がるリスクは決して小さくない。その意味で、温暖化より怖いのは寒冷化である。

そして、どこの国もコロナ対策のため巨額の財政支出を行っている状況であり、どこかの国でそれが金利上昇につながれば、それが波及的に世界中に広がることが予想される。金利上昇の発端となるのは国債の値崩れである。国債の値崩れは、信用不安により発生する。

一度インフレが起これば、これまで2%に届かなかった分がまとめて帰ってくる。10年以内の短期間で400兆円増えている日銀の国債残高のB/S上の反対項目は当座預金であり、金融機関に預金者が払い戻してくれと言えばすぐにキャッシュにせざるを得ない。GDPが変らないのにマネーが一気に8割増えているのだから、価格統制しない限り値上がりの嵐である。

金利が上がればいまの低金利国債は価格が下がる。国債を大量に持たされている銀行は、不良債権ならぬ不良債券を抱え込んで経営状態が悪化する。なるほど、銀行の株価が低いままなのも納得である。

銀行の財務状況が悪化すれば、新発債の消化ができない。実質的に日銀が引き受けているといっても、建前上最初から日銀が引き受けることはできないので、マーケットを通さなければならない。消化できなければ価格が下がり、さらに金利を上げる。

つまり、きっかけはどうであれ一度金利が上がり出せば、スパイラル的に更なる金利の引き上げ、信用不安、物価上昇を招かざるを得ず、そうなったら収拾は困難である。日本国内だけで解決できればいいが、あるいは国際的な手当てが必要かもしれない。

預金保険があるから銀行に置いてある残高がチャラになることはないにしても、中小金融機関には経営の厳しいところも出てくるだろうし、半世紀振りに取り付け騒ぎが起こるかもしれない。いまや、オンラインで日本じゅうどこでも下ろせるから、至る所のCDコーナーで現金が枯渇するのかもしれない。

野口先生の本を読んで私が不安に思ったのは、現在ほとんどの人がインフレの危険とこわさについてあまり心配していないように思えるからである。

バブル前後がまさにそうだった。土地や株は将来も値上がり続けるとみんな思っていたし(日経平均10万とかいわれていた)、国内で飽き足らず海外まで行って不動産を買いあさっていた。総量規制は始まっていたが、そんなに簡単にバブルが終息するとは誰も思っていなかった。

しかし、平成に入る頃、日経平均がもうすぐ4万円というところで急落、断続的に1万円を割る水準まで下げた。それ以降、長く景気低迷が続くのである。(ちなみに、当時と現在は採用銘柄が違うし、個々の値動きが日経平均にどのくらい寄与するかも違うので、日経平均自体を比べるのはほとんど意味がない。)

その後のデフレ時代は物価が安定しているという意味で悪いことばかりではなかったが、労働条件が切り下げられ、定期昇給もなくなり、格差社会につながったという負の側面も無視できない。

近い将来避けられない(と私は考える)インフレ時代は、物価の急激な上昇は悪影響だが、人手不足の顕在化が労働条件の引き上げにつながる期待もない訳ではない。年金収入の実質的な減少は避けられないので、私には厳しいことになるだろう。

そうした事態が起こった場合に備えて、何ができるか、どうすれば生活水準を維持できるか、ステイホームしている間に考えることはムダではないように思える。

[May 19, 2021]