173 ウィリアム・デイビス「小麦は食べるな!」 [Jun 11, 2021]

原題 Wheat Berry 、直訳すると「小麦腹」である。感心しなかったので最初は書評に載せるのをやめようと思っていたのだが、書かないでいるとこういう本があったのを忘れてしまうので、あまり気が進まないが書くことにした。

著者は米国の循環器疾患の権威だそうである。もちろん医学博士、ドクターである。そういう人が書いたものだから、この本もミリオンセラーとなり、たいへんよく売れたということである。

前に書いたことがあるけれど、食事療法に関する理論はほとんどすべて仮説にすぎない。人間を対象にした実験が非常に難しく、他の条件を同一にして効果や副作用を確かめることがほとんど無理だからである。

だから、ひと昔前に言われた「コレステロール悪玉説」も「カロリー制限による糖尿病治療」も、「動物性たんぱく質は避けるべき」論も、最新の知見では疑問符が付されている。

著者の「すべて小麦が悪い」説も仮説として提案するのは自由だし、もしかすると50年経ったらそのとおりだったということになるかもしれない。ただ、本に書かれている論拠からみるかぎり首をひねらざるを得ないし、私の中では「トンデモ本」に近い評価である。

何しろ気にいらないのは、「高血圧、肥満、糖尿病、心臓疾患、(その他もろもろの疾患)が増えている」「小麦の品種改良・遺伝子組み換えで、今の小麦は昔の小麦ではない」という二つの事実を組み合わせただけで、「すべての元凶は小麦であり、小麦をやめればすべて解決する」という結論に導いている強引な論理展開である。

事実Aと事実Bが同時に起こっているからといって、AがBの原因であるとは断定できない。他の事実Cが原因かもしれないし、たまたまそうなったのかもしれない。悪いことが起こるのはみんな魔女が悪いといって魔女狩りするのと同じである。

読み進めるうちに首をひねるのは、ある疾患が糖質の過多により起こるのか、もっぱら小麦によって起こるのかの論証がほとんどなされないことである。確かにセリアック病は小麦で起こるだろうが、だからといって糖尿病も心臓病もすべて小麦であるとは断定できない。

著者としては、糖質一般ではこれまでの考え方とたいして変わらないから、小麦を悪者にしてセンセーショナルに書きたいのだろう。分からないではないが、「小麦がすべての元凶であることは間違いありません」と断言されても困るのである。

正直なところ、この本であげられた小麦絶ちによる病状の劇的改善のほとんどは、小麦を絶ったせいなのか糖質を絶ったせいなのか判然としない。もともとアメリカは肥満大国であり、糖質制限で多くの病気が改善するのは当り前である。

唯一の例外ともいえるセリアック病にしても、小麦全般が悪いのか、品種改良された小麦が悪いのか、ちゃんと説明していない。品種改良による安全性が十分精査されていないのは、小麦のみならずとうもろこしも、肉類も、養殖魚類も同じである。

いまの小麦が自然界で育たないのはけしからんと言うけれども、牛だって豚だって鶏だって自然界でほとんど生きてはいけない。生け簀で育った魚だって同じである。日本のコメだって、病虫害に強くおいしいおコメにするために、長年にわたり品種改良が続けられてきた。

遺伝子組み換えで未知の植物になったと著者は主張するが、それを未知だというなら養殖魚類の3倍体は未知の生物だろう。危険性は小麦だけに限定されるものではない。

すべての災厄を小麦のせいにしているけれど、本当に小麦が原因と疑わせる病気はそれほど多くない。アメリカ人の食べ過ぎに多くの原因があることは疑いなく、著者は小麦に警鐘を鳴らすというよりも、売れる本を書きたかっただけではなかろうか。

[Jun 11, 2021]


小麦を悪者にしてセンセーショナルに書きたいのは分かるが、「小麦がすべての元凶であることは間違いありません」と断言されても困る。