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なんとなく思うこと

116 エゴワの目撃者・Googleは頼りにならない [Jul 9, 2021]

今日は、最近のGoogleは頼りにならないという話。

しばらく前にふと思い出したことがある。ちょうどオウムのロシア支部があった頃の話である。オウム同様にロシア国内では新興宗教が勢力を増していて、その中に「なんとかの目撃者」という団体があるという。

これだけだと何のことだか分からないが、実はこれは「エホバの証人」なのである。著者はロシア人通訳が直訳したのをそのまま使ったと思われるが、日本向けに解説するなら日本人にも分かる用語を使うべきであるという内容であった。

(ところで、「エホバの証人」を、多くの日本人は「ベニスの商人」と同じように発音しているのではないかと思う。「証人」であれば「目撃者」と大差ないが、「商人」では相当ニュアンスが異なる。)

それを誰の何という本で読んだのか思い出せなくて、Googleとかでも検索したのだが分からなくて、結局そのまま忘れてしまったのであった。

先日、市の図書館で廃棄図書のリサイクルがあった。ふと目について、呉智英の「言葉の常備薬」を持って帰った。載っているイラスト(中野豪)にも見覚えがあるし、この本を昔読んだような気がする。

後半まで読み進めると、「エゴワの目撃者」の話が載っているではないか。ずっと思い出せなかったのに、図書館のリサイクル本で見つけるとは、すごい偶然である。

なぜ見つからなかったんだろうと思って、「エゴワの目撃者」を検索してみた(「なんとかの目撃者」では、検索できなかったのである)。

本には、間違いなくそう載っている。ところが、Google検索では出てこない。「エゴマの目撃者」ではありませんか?と6件ヒットしただけである。Yahoo!でもBingでも同様であった。誰も、エゴマの目撃者なんて調べてねーよ。

もとはというと、野田正彰の「聖ロシアの惑乱」に載っているそうである。有名な著者だし、出版社は小学館である。34ページに1回、76ページに2回、「エゴワの目撃者」と括弧入りで使われている。

この本は書下ろしではなく、もともとSAPIOに連載された記事をまとめたものだという。呉智英の本にも載っているから、複数の出典で使われていることになる。

さて、われわれが検索するのはどこかで見た・聞いたのだけれど、どこでどういう内容だったか思い出せない場合がほとんどである。そのものずばりの文字列が本に載っている(しかも、大手出版社)のに、それが検索できないならば、何のための検索サービスですかという話である。

十年以上前のことになるが、私がブログにupしたばかりの内容が。その週のうちにGoogleで検索可能だったことがある。Googleが、というよりコンピュータ社会が、ここまで進んでいるのかと思った。

ブログのようにWEBで公開した情報ばかりではない。当時、データで公開していなかった(はずの)同窓会名簿がGoogleで検索できて、自分の名前で調べると出てくることも分かった。個人情報など、秘密にできない時代になったのだなと思った。

それが数年前からだろうか、WEBで公開したホームページもブログも、Googleでは辿れないようになった。検索ヒットが数万件あるので細かく調べる気にもならないが、二十件ほど示しただけで「あとは重複した内容です」なんて表示になる。広告料を払っている記事しか載せないのかもしれない。

われわれが調べたいのは、Googleにカネを払って広告してもらいたい記事ではなく、検索内容に最もヒットする内容の記事である。そういう単純明快な目的に対応するのが検索サービスかと思っていたのだが、そうではないらしい。

今ではおそらく、Googleの検索でヒットするのはGoogleに都合のいい(カネをもらっているとか)記事だけで、WEBを細かく調べてくれている訳ではない。技術的にはできるはずなのに、やる気がないのだろう。だとすると、中国から追放されたとしても、たいして同情できない。

そして、Googleで検索できなくなるからといって、ユーザーフレンドリーにしたり、httpsにしたりがんばってみたところで、努力したほどの効果はないことも、おそらく間違いない。だとすると、長い目でみるとGoogleも盛者必衰ということになるんだろう。

TVも新聞も、放送や印刷・配達にカネがかかる以上採算をとらなければならず、結果として誰かがカネを払ったことしか報道しない。検索サービスもそうなのだとすると、仕方がないと思う反面、技術の進歩がすべてカネ勘定に還元されているようで悲しい。

[Jul 9, 2021]

昔なつかしい中野豪のイラスト。窓からスパイしている男が「エゴワの目撃者」と書いてありますが、こういう仕事をしている訳ではありません。