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尾瀬栃木の山歩き

108 日光男体山 [May 24, 2021]

この図表はカシミール3Dにより作成しています。

4月に高原山を歩いてから、あまり天気がよくない日が続いた。GWはもともと遠出する予定はなかったものの、槍ヶ岳と谷川岳で遭難事故があったように条件が悪かった。GWが明けるとすぐに梅雨時のような天気である。

もともとこの時期はどこを登るか選択が難しい。房総を歩く季節ではないし、丹沢はそろそろヒルが出る。いつもの年であれば奥多摩だが、数年前の台風被害の復旧がどうなったか不明だし、このご時世に長い電車旅は気が引ける。

となると高原山に続いて栃木方面ということになるが、山の上は雪が解ける時期で、登山道がどろどろではないかという心配がある。まして、今年は天候不順である。できればコンディションのいい時に登りたい。

そうこうする間に前回の山行から1ヶ月が過ぎた。あまり間を開けるのは望ましくないと思っていたら、5月最終週の降水確率が10%といっぺんに下がった。「てんきとくらす」の登山指数もCからAにジャンプアップである。取り急ぎ準備して、出かけることにした。

今回目指すのは日光男体山、日本百名山のひとつである。紅葉の時期ではないので大混雑はないとしても、休日に行くのはリスクが大きい。月曜日の早朝に家を出発して登り、その日は日光湯元に泊まる計画を立てた。

2000mを超える山も、標高差1000mを登るのもコロナ以来初めてである。累積標高差1000mは登っていると思うし、昨夏以来月一ペースを維持しているので足腰は大丈夫だと思うが、それでも高い山は緊張する。まして今回は、早朝出発である。

午前3時に家を出て16号線を北上、柏ICで高速に入る。3時50分に通過したので、深夜早朝割引が利く。遠出する時に30%は大きい。帰りは一般道なのでもっと安くなるが。

羽生PAで休憩し、ファミマで日焼け止めを買う。スマホに替えてまだ2ヶ月目、初めてPayPayを使う。日光宇都宮道路に入って、日光口で最後のトイレ休憩。いろは坂を登って中禅寺湖畔に6時半到着。

国道沿いに十数台分の駐車スペースがあり、階段の上に中宮祠の正門が見える。まだ空きがあったので国道沿いに止めたが、階段の上にも広い駐車場がある。すぐに本殿と登山者受付がある。

さすが男体山、まだ6時半だというのに登山者受付には何人か手続き中である。千円納めてお守り札をいただき、本殿で柏手を打って登山の安全を願う。身支度が終わって登山道入り口の鳥居をくぐると、6時45分になっていた。

鳥居に続いて、いきなりの階段である。段差が結構あって、左足に重心をかけると痛んだ。2時起きで寝不足のうえ、3時間半の運転でヒザにきているようだ。なるべく固いところに足を置かず、ゴムの緩衝材の上に乗るようにする。

15分ほど登ると遥拝所のある一合目である。メガネをかけた菅笠姿の銅像があったので、山頭火がこんなところまで来ているのかと思ったら、信者の方のようだ。このあたりまだ林の中で、山頂方面も中禅寺湖方面も見通しは利かない。

それにしても、のっけから急こう配である。ササ原を登っていくところは天空回廊の先とよく似ているが、足元は斜面だったり階段だったり、いずれにせよ歩きにくい。結構息が上がる。

それでも、30分ほど登ると舗装された作業道に出る。ここから四合目まで、ありがたいことに舗装道歩きである。「作業用車両に注意してください」と書かれているが、まだ朝早いせいか車は通っていなかった。

さきほどまでの急傾斜と比べると、天国のような歩きやすさである。これが麓から頂上まで続いていたらと思うが、ご神体にお参りする登山でそうそう楽はできない。

受付の際にいただいた注意書きによると、林道合流点から麓に向かうと第一いろは坂方面に出てしまうし、四合目から上で登山道に合流することはない。

もともとこの道路は、山体崩壊が多発する男体山の治山事業として行っているもので、登山客のために作られたものではない。苦しいけれども、登山道を進むしかないのである。

登山口の二荒山神社中宮祠。中禅寺湖畔にある。門前に駐車場があり、ここから登り始める。

中宮祠の奥の鳥居を過ぎると、いきなり段差のある階段状の道が続く。約15分で遥拝場のある一合目。

のっけから急登が続き息が上がる。三合目で林道に出た時はほっとする。

何度かヘアピンカーブを曲がって標高を上げていくと、30分ほどで再び登山道に入る鳥居が見えてきた。四合目である。新しい建物が道端にあり、社務所と書かれているが中には入れないようだ。

鳥居の先は、再び急傾斜である。小屋には入れないしベンチもないので、私を抜いて行ったじいさんが木の階段に腰かけて休憩している。その横を通り抜けて登って行く。

しばらくササ原のスイッチバックが続く。近いだけあって、空中回廊の焼石金剛と実によく似ている。虫が飛んでくるところもそっくりである。息を切らせながら登って行くと、昔の物置そっくりのトタンの建物が見えてきた。

急こう配なのでなかなかたどり着かないが、なんとかそのレベルまで登るとペンキで「五合目」と書いてある。時刻は午前9時少し前。登り始めて2時間と少しで五合目まで登ることができた。

中宮祠から男体山頂上までのコースタイムは4時間である。余裕をみて5時間として、7時前に登り始めて12時頃に頂上に着けば、午後4時までには下りてこられるだろうという心づもりであった。

五合目まで2時間と少しならば、あと3時間あれば頂上は大丈夫だろうとこの時は思った。物置きのような避難小屋には作業用の材木などが置かれていたが、壁にベンチが建てつけてある。腰かけて、元気一発ゼリーで栄養補給。

9時5分に出発。さわやかな風が吹いてたいへん気持ちがいい。5月に入って風の強い日が多く心配したが、この日は風もなく天気も上々である。2、3日前まで雨だったので地面が湿って滑りやすいものの、まずまずのコンディションである。

五合目を過ぎると、これまで木々の隙間から見えていた中禅寺湖が見下ろせるようになった。たいへんいい景色だ。湖の向こうにある半月山や社山のピークも、目の位置より下に見える。

一方で、これまで岩交じりの土だった足元が、完全なガレ場となった。ただガレ場というだけでなく、急傾斜で足の置き場に迷うくらいである。ご神体であるためなのか、鎖やロープもほとんど下がっていない。

そして、このくらいの時間からたいへん気になったのは、人が多いことであった。ルートが限られる上に登るのに時間がかかるから、後ろに来られると横にずれて道を譲ることになる。息が切れるのと道をゆずるのとで、やたらと時間がかかる。

もう一つ困ったのは、五合目の次にある六合目の目印が、いつまでたっても出てこないことであった。仕方がないので、ベンチのようになっている足場の階段に座って少し休む。時刻は9時半、六合目に着いておかしくない時間である。

ここから先は、さらに厳しい急傾斜であった。ガイドブックでも、四合目から八合目までは等高線の密度が狭くてきついのは分かっていたけれども、普通の山だとスイッチバックしたりするので歩くコース自体は少しゆるやかである。しかしこの山は、ほとんどすべて直登の急傾斜なのである。

快適な林道歩きは四合目まで。ここから再び急傾斜の登山道が始まる。

五合目までは笹原の中のスイッチバックが続く。天空回廊の上あたりと雰囲気がよく似ている。虫が多いのも同じだ。

五合目休憩小屋に着いた。ここまで2時間少々で着いた時には、頂上まで着けないことになるとは思わなかった。

ずいぶん上に再度トタンの小屋が見えてきた時には、時間的にいってあれが八合目だと思った。しかし、四苦八苦して小屋の近くまで登ると、「七合目すぐそこ」とペンキで書いてある。

時刻はすでに10時半である。五合目から七合目まで1時間半、このペースでは九合目で正午、頂上に登ったら午後1時になってしまう。登るのに7時間なら下るのは少なくとも6時間、午後7時ではホテルの夕食に間に合わない。

小屋の中には腰かけるものがないので、小屋の前の平らな石に腰かけて休む。カロリーメイトで栄養補給。かなり標高が高くなっているのに、やたらと虫が多いのは赤薙山をほうふつとさせる。

さすがにこのペースでは、頂上まで行くのはあきらめた方がよさそうだ。時間さえかければ登れると思うが、下りる時間が足りない。頂上に山小屋があって今日の日程終了ならばいいが、男体山に山小屋はない。

とすると、八合目にあるという滝尾神社まで登って撤退ということになりそうだった。地図で見るとこの先は傾斜がゆるむようだし、とりあえずもう少しがんばろうと腰を上げる。

しかし、いつまで登っても傾斜はちっとも緩やかにはならなかった。休み休み標高を上げて、七合目の小屋の屋根が見えなくなってずいぶん経つのに、見上げるとどこまでも急傾斜のガレ場が続いている。

スマホのナビで現在地を確認しようとすると、なんとトラックがとんでもない図形を描いている。滝尾神社の上まで登って逆転してあらぬ方向に下り、8の字が重なったようになっている。つまり、現在地が分からない。スマホのGPSだとこうなるとは知らなかった。

おまけに、下りてくる人達が多くなって、後ろから前からどんどん人が来る。見上げると、急斜面から次々下りてきて、見ていると気持ちが悪くなる。かつて丹沢の大倉尾根でもあった「人酔い」である。

これはダメだとあきらめざるを得なかった。切りのいいところで八合目までは登りたかったが、この体調では仕方がない。人の通らないガレ場の端の方に座って、リュックを下ろす。時刻は11時半。五合目から2時間半、七合目から1時間近く登って八合目に着かないとは・・・。

しばらく休んで、付近の写真を撮って、誰もいなくなったのを見計らって立ち上がる。時刻は11時55分、当初計画では頂上に着いていたはずの時刻である。

30分かけて七合目まで下りて、さっきの平らな石に座ってビタミンCと葛根湯を飲む。何しろ気持ちが悪い。カロリーメイトもゼリーもまだあったけれど、食べたくも飲みたくもない。薬と水だけ飲んでゆっくりと下る。

5時間かけて登ったところは、下るのに4時間かかるのが普通である。だとすると中宮祠まで下りられるのは午後4時近くなってしまい、ホテルのチェックインぎりぎりである。場合によっては、電話しなければならない。

それは何事もなく下りられた場合で、急傾斜で滑って足でもくじいたら目も当てられない。とにかく、ケガをしないことが第一。慎重に慎重に、足を踏み外さないように下りる。

五合目を過ぎるあたりから、眼下に中禅寺湖の景色が広がる。

ようやく見えてきた小屋は八合目ではなく、七合目の物置小屋だった。にわかに先行きが不安になる。

七合目到着。五合目から七合目まで1時間半かかっている。この日到達した最後の標石。

ゆっくり下っているうちに、ようやくガレ場の急斜面が終わり、ササ原のスイッチバックとなった。このあたりになると体調が悪いのがおさまってきて、足取りもスムーズになってきた。五合目の小屋に午後1時40分、最高到達点から1時間40分で下りてきた。

登るのに3時間かかっていることを考えると大善戦である。この調子ならホテルに電話しなくてよさそうだと少し安心して、小屋に入って少し休憩。朝と違っていたのは、換気のためだろう、入口の戸も窓も開けられていたことであった。

水分補給だけで腰を上げる。この先の急傾斜は滑りやすくて難儀したが、転倒することもなく四合目で舗装道路に出る。ようやくほっとした。ゆるやかな高速登山道を右足と左足を交互に出しながら進む。

どうしてこんなことになったんだろうと考えながら歩く。朝2時起きの寝不足で、糖質制限中であまり物を食べていないけれど、これはあまり関係ないだろう。現に、カロリーメイトと元気一発ゼリーだけでそれ以上食べたくなくなった。

登山道のコンディションがよく分からなかったので、チェーンスパイクとか余分の食糧とかでリュックが重くなったのも急傾斜には響いた。途中の避難小屋にデポしていこうと思ったくらいである。

標高差1000mをしばらく登っていなかったことも大きいだろうけれど、それよりもむしろ、人が多い山を登ることがほとんどなかったので、人に酔ってしまったのが撤退に至った大きな要因のように思う。

そして、おそらく最大の要因は、時間が足りなかったことである。

体力的な問題や人が多いのを避けるためには、日の出とともに登山開始するくらいの時間的余裕が必要である。しかし、この登山道は二荒山神社の神域であるため、原則として午前6時の開門より前に入れない。

今回、開門と同時に入山したとしてもあと45分増えるだけで、頂上に着くのは無理だったように思う。となると、このルートは日帰りでは私には難しいというのが結論のようだ。

ガイドブックには初心者向けと書いてあるけれども、若い人でも息を切らせながら登っていた。そんなに簡単に登れるものではないし、日の入りまでかかっても大丈夫なくらいの時間的余裕がないとあせって余計に苦しくなる。最悪、滑ってケガをすることになりかねない。

そんなことを考えながら下りてくると、あっという間に三合目に着き、気がついたら一合目遥拝所で、すぐに中宮祠が見えてきた。四合目から中宮祠は1時間であった。

結局、5時間かけて登ったところを3時間半かからずに下りてきたことになる。昔から登りは苦手下りは得意だが、こんなことになるとは思わなかった。

ゆっくり片づけをして車を出す。この日の宿は湯元温泉。中禅寺湖畔から戦場ヶ原を越えて、15分ほどで着くはずである。

この日の経過
二荒山神社中宮祠(1283) 6:45
7:15 一合目(1350) 7:15
8:20 四合目(1667) 8:25
8:55 五合目(1804) 9:05
9:30 六合目見当(1929) 9:35
10:30 七合目(2060) 10:40
11:35 七合五勺見当(2154)[撤退] 11:55
12:20 七合目(2060) 12:25
13:40 五合目(1804) 13:45
14:15 四合目(1667) 14:20
15:20 中宮祠(1283)
[GPS測定距離 6.9km]

[Sep 13, 2021]

なぜか現在位置が分からなくなってしまったスマホのナビ。急傾斜ではこのあたりが限界なのでしょうか。(バソコンソフトで再現しています)

最終到達地点から上を見上げる。時間的にこれ以上は無理でした。

下りも急傾斜で苦戦。五合目まで戻るころには体調も戻り、なんとか3時半前には下山できた。