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なんとなく思うこと

128 社会党共産党の時代じゃない(かもしれない) [Nov 10, 2021]

先月末に行われた総選挙、自民苦戦のマスコミ論調にもかかわらず野党共闘は大苦戦、自民党同様に議席減という結果となった。

先週から、これはどうしたことなんだろうと考えている。そして思い当たったのは、われわれの世代は自民党の対抗勢力は社会党・共産党というイメージで、自民に批判票を入れるならそれらの党となるのだが、もはやそういう時代ではないのかもしれない。

というのは、先週も書いたけれど、立憲にせよ国民にせよ、もともとは旧社会党系で、支持母体は労働組合である。じゃあ労働者の立場を代表して政権に物申すかというと、そんなことにはあまり関心がないように見える。

そもそも、立憲民主と国民民主とどこがどう違うのか、ちゃんと説明できる人がどれだけいるだろうか。例えはよくないけれど、学生運動の際、わずかな主張の違いで山ほど組織ができて内ゲバに走ったのとあまり変わらない。

いまや、サラリーマンの若い年代はベースアップとは何なのかよく知らないだろうし、ストを経験した人も少ないはずである。労働組合って、何をする団体ですかというのが正直なところかもしれない。

私の若い時でさえ、毎年のようにストを打つのは国鉄か私鉄だけであり、ストは対応するもので自分がやるものではないと思っていた。毎月組合費を引かれていてその中身の一部はスト準備資金だったはずだが、きっと組合執行部が旅費とか飲み食いに使っていたんだろう。

そして、勤め先で「あの人は共産党らしい」と噂が立つと、組合に推されるのではなく組合の支部役員にも絶対させないで、いつしか顧客対応のない部署に転勤させられたものである。つまり、組合なんて会社の手先みたいなものであった。

それでも、組合費は取っているし従業員のために活動する建前だから、勤務時間の問題や休暇取得の問題には率先して取り組んでいた。おそらく団体交渉では、「これを飲んでもらえないと従業員がおさまりません」と言ってくれたのだろうと思っていた。

誰がやっているとかそういうことではなくて、組合という看板を背負っていれば誰しも従業員の側に立って言動や行動を律しなくてはならないという前提で動いていた。

ところが、バブル崩壊以降、平成の30年間でほとんど昇給やベースアップはなくなり、勤務時間や休暇にもほとんど前進はなく、「会社が嫌ならやめれば」という雰囲気が大勢を占めるようになると、組合もそういう人達になる。

つまり、従業員の福利厚生や待遇の改善のために身を砕いているのではなく、会社の側に有利になるように立ち回れば、いずれ自分の待遇や給料がよくなるだろうという自分本位の考え方である。

だから、いまや組合に信頼感やシンパシーを抱いている層というのはほとんどないだろう。立憲・国民の両民主党も同じことである。まだ組合幻想のあるわれわれ世代が減っていくのだから、彼らが勢力を増すことは考えづらいのである。

共産党はまた別の支持層であるけれども、そもそも共産主義の世の中にしたいと思う層がどれだけいるだろうか。そして、1945年以来実質的なトップがまだ3代目という首領様の国並みの新陳代謝の遅さも相まって、現代的な組織とはとてもいえまい。

われわれの世代には、共産党と過激派の区別がほとんどつかなかったのと同様(彼らとしては全然違うのだが)、いまの世代には、香港でアグネスをいじめている中国共産党の日本支部という認識ではないかと思われる。これは、致命的かもしれない。

今回の選挙では維新の会が躍進したが、気に入らないことがあると署名偽装でも何でもしてしまうという規範性のなさはどうしようもない。今回の躍進は、ここ数年で最も顔が売れた政治家である大阪府知事の功績が大きいと思っている。

公明党支持者の半分以上は私より法華経の知識がないと思っているが、そもそも創価学会員が日本人口の1割以上いるはずがない。にもかかわらずこれだけ勢力を伸ばせるのはなぜか、野党の方々も少しは考えた方がいい。

[Nov 10, 2021]

立憲民主党は総選挙で大敗。マスコミでは共産党と組んだのが致命的との論調ですが、労働組合にシンパシーを抱く人がどんどん減っているのに、候補者をきちんと発掘してこなかったのが大きいと思う。