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茨城の山歩き

116 朝日峠から雪入山・権現山 [Feb 2, 2022]

この図表はカシミール3Dにより作成しています。

前回初めて行ってみた小町の館駐車場は、朝早くから止められるしトイレも完備しており、何より無料でそこそこ大きい。あの周辺の登山口は道が狭かったり台数止められなかったりするものだから、すっかり気に入ってしまった。

まだ丹沢や奥多摩など他の山域に行くには寒い時期でもあり、再度ここに行ってみることにした。前回は勝手がわからなかったのであまり早い時間にしなかったが、今回はもう少し早く行って遠くまで歩いてみたい。

以前登った雪入山では、三ツ石森林公園に車を停めて青年の家から雪入山・浅間山を回ったが、この稜線が平地に出る所には昭和天皇が軍事演習を視察した御野立所という場所があるらしい。どうせならそこまで歩いてみたい。

そして、帰りはこの山麓に通じている関東ふれあいの道を歩くと、小町の館まで戻ることができる。Googleでみると10kmばかりありそうだが、昨年も高峯を下りて岩瀬駅まで3時間近く歩いている。まあ、高速登山道なので迷うこともないだろう。

朝6時に家を出て、一般道経由でも1時間半ほどで小町の館に着いた。登山者用駐車場には一番乗り。トイレに行っている間に2台め3台めが入ってきた。平日なのに、なかなか盛況である。

この日は、手前の登山口から朝日峠の向かう。登り始めはパラグライダースクールの練習場で、そこを過ぎると沢に沿った登り坂となる。小町山コースと同様に、地元の方々がきちんと整備されて、案内の張り紙などが親切である。

10分くらいで、洗顔沢休憩所という水の出ている場所に着く。「この水は飲めません」と書いてあるが、名前のとおり顔を洗う沢だろう。沢の水をすくいやすくするための樋がかけられている。さすがにこの時期は冷たいけれども。

そこを抜けてさらに登ると、頭上から工事の音が聞こえてくる。前回見た工事の貼り紙はここだったのだ。大規模に立入禁止となっているけれども、小町山への方向ではなく、朝日峠のすぐ下だった。だから、小町山に行く分には工事個所などなかったのだ。

そのすぐ上が、朝日峠展望公園内を通っている車道だった。歩き始めて40分程度で、公園の下まで来た。あとは遊歩道を歩いて、いちばん上の展望台まで登る。

公園を入ってすぐのベンチからでも十分景色はいいのだが、てっぺんまで登るとそれ以上に景色が開けている。正面には宝篋山とそこから続くアンテナ群、右手には霞ヶ浦と土浦の市街地が見渡せる。

展望台のすぐ裏に三角点があり、珍しく説明板が添えられている。それによると、この三角点の名前は小野越峠という。公園の名前が朝日峠展望公園だから、朝日峠ともいうのだろうが、もともとの名前は小野越峠であるらしい。

麓の集落が小野だから、本当は小野越なのだろう。「小町の館」の名前も小野小町からの連想だが、都から三河にだって行かなかった小野小町が筑波山まで来たとは考えにくい。もちろん小町の縁者が東国に下ったことはあるかもしれない。

今回は小町の館から朝日峠を目指す。小町山コースと同様、地元の方々がきちんと整備している。

朝日峠の頂上まで登った展望は絶品。正面には宝篋山が雄大。右手は逆光で写せなかったが霞ヶ浦が迫る。

一昨年歩いたアンテナ山まで、パープルラインからアンテナ管理道路をたどる。

しばらく休んで、朝日峠展望台から出発する。登った逆側からも出られるような気がしたが、安全策で来た道に戻る。逆側にも車両通行止めの通用口があったので、多分出られたのだろう。

さて、今回の主目的は宝篋山分岐点から筑波山塊が麓に下りるまでの、雪入山稜の縦走である。いままで歩いたことがないのは、朝日峠からアンテナ山入口までと、閑居山から先である。

まず朝日峠からしばらく、パープルラインの車道歩きである。前回と違って、サーキットと間違えている車はいない。何しろ、ここは30km制限なのだ。10分ほど登ると、道は左右に分かれる。左はフルーツパークから旧八郷町中心部に向かう。右が雪入への道である。

さらに5分ほど歩くと、左に分かれる舗装道路がある。通せんぼしてあったので、私道だといけないと思い先に進む。しかし、道は下る一方である。100mほどで引き返してよく見ると、通行止めゲートの横に踏み跡があった。

これが、アンテナ山まで伸びている施設保全用道路である。宝篋山に向かう道と同じ用途であるが、こちらの方が新しい工事だったのか、それほど古びてはいない。ただ、スイッチバックしながら急坂を登るのは変わらない。

何度かヘアビンカーブを乗り越えていくと、右から「急坂コース」という道が合流してきた。以前、青年の家から登ってきた道である。名前通り半端ない急坂なのだが、そんな登山道でも横に電線が走っていたのだ。

急坂コースと合流すると間もなく、朝日峠からもよく見えたアンテナ塔の前に出る。ここで少し道は狭くなるが、この先にもう一基ある大きなアンテナ塔までは車道の尾根道が続いている。

最初のアンテナ塔のすぐ横に、フェンスでがっちり囲った機械が上を向いている。最初はデジタル三角点、本名電子基準点かと思っていたが、一覧に載っていないので違うようだ。説明版も何もないので分からないが、やはり衛星と通信して何か調べているのだろう。

2つ目のアンテナから先は本当の登山道になる。そして、ほどなく剣ヶ峰である。麓の雪入集落の眺めが開けて気持ちいい場所である。ベンチも数脚置かれている。

雪入山はもう少し先なのだけれど、そちらは狭くて座る場所もない。早く着いてしまったけれど、ここでお昼にすることにした。

この日はお湯を入れたポットを家に忘れてきてしまい、ファミマのチーズサンドと水という寂しいお昼となった。何年か前に道間違いしたあたりを目で追いながら(そして、この日の午後同じあたりを歩くことになる)休んでいると、何組かのグループが登ってきた。

午前10時出発。なだらかな稜線を先に進む。すぐに雪入山、そしてパラグライダー離陸場跡を過ぎる。あきば峠という場所で林道と交差するが、それほど下ったり登ったりする訳ではない。

そして、樹間から次の大きなピークである浅間山が見えてきた。このピークにはお宮さん(何しろ浅間山である。多くの祠がある)と、雪入山系恒例のアンテナが立っている。巻き道があるので、今回はここは通らない。

閑居山には、前回来た時にはなかった説明の紙が貼られていた。それによると、閑居山というのはもともと麓の閑居山大師のことを指していたのが、ネット上で227独標点のことをそう呼んだことから広まったと書いてある。

山名自体、もともと誰かがそう呼んだのをみんながそう呼ぶようになったものだと思うが、ここの独標点は特にピークでもなく、下り坂の途中で広くなった場所という印象なので、なるほどありそうなことだと思った。

アンテナ山から歩くとすぐに雪入山剣ヶ峰。この日も平日にもかかわらず、シルバーの団体が大騒ぎでした。

雪入山を過ぎると、樹間から浅間山の頂が望める。この日はこのピークは巻いて権現山に直行する。

地元有志の方々のご努力により、案内標識はきちんと整えられている。雪入山を越えるあたりからは「→権現山(御野立場)」の表示となるが、それほど大した行先ではない。

閑居山を過ぎると、権現山への下りとなる。しかし、閑居山・権現山間の標高差は100mほどなのに、起伏がかなりあって予想外に時間がかかった。

閑居山を通過したのが11時ちょうどなのに、権現山到着が11時40分である。40分かかっている。標高差100mなら20分で着いてもおかしくないのに、地図で見るより距離があるらしい。

権現山の見晴し台には、昭和天皇が軍隊の演習をご覧になった記念碑が建てられていて、「御野立場」と呼ばれている。雪入山より先では初めての登山者が、テーブルに荷物を置いて記念碑から麓を眺めていた。

テーブルは1つしかなかったし、碑から下りたところが広くなっているように見えたので、急坂を下って行った。しかし、広いように見えたのは果樹試験場の畑で、フェンスが張られて入れない。公園にはなっていないのである。

茨城県制作の関東ふれあいの道パンフレットで撮影ポイントにもなっている場所なのに、ろくに休む場所もないのである。結局、出発した小町の館までさらに約10km、最後に休憩した剣ヶ峰から4時間以上腰を下ろすことはできなかった。

果樹試験場の外周をフェンスに沿って麓まで下ると、関東ふれあいの道らしいのどかな田舎道となる。右手には、さきほどまで歩いてきた雪入の稜線が見えて気持ちがいい。しかし、そう長くは続かない。

というのも、関東ふれあいの道の案内どおりに進むと、交通量の多い幹線道路に出てしまうのである。関東ふれあいの道(正式名は首都圏自然歩道)にもかかわらず歩道がない。トラックや乗用車が、時速80kmで飛ばしてくる横を通らなければいけないのだ。

これが環境省推薦ではないだろうと思うが、歩いている途中に「関東ふれあいの道」の説明板があるので間違いない。かつては、これほど車が通る道ではなかったのだろうか。茨城県の関東ふれあいの道には、筑波山麓の産廃放置道路もあった。選定基準に首をひねるところである。

山本五輪塔のあたりで、ようやく幹線道路から離れて田舎道となる。この五輪塔は戦国時代に建造されたもので、石造りの五輪塔はたいそう珍しく県の文化財だそうだ。墓地の一角にあるので、それほどすごいもののようには見えない。

さて、御野立場から小町の館までは約10km、2時間半ほどで着くと見込んでいたのだが、案に相違してかなり苦戦した。

第一の理由は、御野立場で少し休憩してHP回復を図る予定だったのにそれができず、その後も休める場所がまったく見当たらなかったことである(途中でセブンイレブンを見かけたのだが、コンビニで休むほどではない)。

第二の理由は、思ったより起伏があって、地図で見るより距離があったことである。特に、中央青年の家がある稜線を越えるあたりはいくら歩いても向こう側が見えてこなくて、いったいいつ着けるのだろうと思ったくらいである。はじめて雪入山に来た時もこのあたりで迷って、余計な距離を歩いてしまったのだった。

午後2時近く、浄水場施設のところので来ると、ようやく見覚えのある小町山のハンググライダー場が見えた。でも、この場所はまだ朝日峠の手前である。結局、浄水場から小町の館までさらに30分を要して、ようやく2時半に小町の館に帰ってくることができた。

不幸中の幸いは、このコースを逆回りで歩かなくてよかったということである。10km約3時間を歩いてから、たとえ標高差350mとはいえ山登りはきつい。最後に平坦な道が続く方が、まだ助かる。

この日の経過
小町の館(40) 7:50
8:50 朝日峠展望公園(301) 9:00
9:50 剣ヶ峰(355) 10:00
11:40 御野立場(108) 11:40
14:30 小町の館(40)
[GPS測定距離 19.2km]

[Apr 12, 2022]

昭和天皇が陸軍の演習を御覧になった「御野立場」。記念碑が立っているだけで、周囲は公園ではなく果樹試験場の敷地。ゆっくりできる場所はない。

御野立場の麓からは、関東ふれあいの道。これまで歩いてきた雪入山の稜線を右手に見ながらのハイキングとなる。

でも、関東ふれあいの道の大半は歩道のない幹線道路で、トラックががんがん飛ばしてくる。茨城県の関東ふれあいの道の選定基準は、どこかおかしい。