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なんとなく思うこと

140 昔、国の検査の下請けをやっていた時のこと [May 2, 2022]

知床遊覧船事故で、沈没した船には数日前に国の検査があったにもかかわらず、通信手段の不備などを見逃して合格としていたことが問題になっている。

現役時代に、船ではないけれども国の検査の下請けをやっていて、似たようなケースがあったことを思い出した。検査基準を充たしていないにもかかわらず合格させようとする有形無形の圧力はあるけれど、それに屈していては検査の意味がない。

私の関わった検査では、施設の設備が基準を充たしておらず、それを見逃しては検査する意味がないので、役所のご担当に「これは認めてはダメですよ」と言って不合格にしてもらった。

基準に達していなくても指摘して合格とするケースももちろんあるが(というか、大部分そうである)、このケースでは必要な壁もなく鍵の掛かるドアもなく、検査に来ることが事前に分かっているのにこれはないだろうという体たらくだった。

場所は九州の先の方で、役所の人は福岡から、私は東京から出張で来ている。関係者もわざわざ県境を越えて大勢来ている。検査をやり直すとなるとまた日程調整してやり直しになるし、指摘するだけでいいだろうという雰囲気も感じたけれど、私は認めなかった。権限は役所にあるけれど、ストップできるのは私だけだったからである。

そういうことをしているから嫌われて、出世できなかったし長く会社にいられなかったという考え方もある。けれどいま思っても、あれを認めていたら自分自身の運気を間違いなく落としていただろう。

検査というものは国土交通省の役人がいくらあり方を見直すと言ったところで、検査担当者が問題意識を持って対応しなければ実効はあがらない。もし問題が起こったらどうするか、やり直しをする時間と仕事量、最悪のケースのデメリットと比べてどちらが優先順位が上かを見極める、検査担当者の判断が何より大切である。

私の場合も、それで施設が使えなければいくら損するか分かってるのかみたいな圧力はあったし、土下座していたあの社長だって検査担当者にそのくらい言っていたはずである。ただ、それを認めなかったからこそ、いまの私の心の平安がある。

後日談になるが、その施設は業者にカネを払えず工事を止められていた結果、壁もドアも検査までに作れなかったというのが真相だった。そんないい加減な施設管理者だから、結果的に数年後、私が業務を離れてから多くの関係者に迷惑をかけて閉鎖に至った。

衛星携帯電話も使い勝手がよく大抵の場合信頼できるが、もしもの場合に備えるから緊急連絡装置なのである。本社の無線装置が使い物にならず、船長に「衛星で通じます」と言われて合格させた検査担当者は、自分の権限と責任についてきちんと考えなければならない。

例え自分自身は少々の減給で済むとしても、多くの人命を失ったことによる悪影響は、カネよりも大切なものを失わせるだろうと私は思う。

[May 2, 2022]

知床遊覧船事故で、国の検査が行われていたにもかかわらず通信手段が不備なのを見逃して合格させていたことが問題になっている。似たような仕事をしていたけれど、責任の大部分は検査担当者にある。