カテゴリー
books

390 V.S.ラマチャンドラン「脳のなかの幽霊」 [Apr 30, 2022]

原題は”Phantoms In the Brain”。Phantomには幽霊とか亡霊という意味もあるのだけれど、ここで指しているのは脳の中で構成された幻影、幻肢(phantom limb)のことである。

事故や手術で手足を切断しても、無くなったはずの指先、足先の感覚、特に痛みが残る人がいる。これは古くから報告されているのだが、つい最近まで、錯覚とか手足がなくなったのを認めないからだというフロイト的解釈がなされていた。

これに対し著者は、手足はなくなっても、脳の中の手足からの信号を感知する部分はそのまま残っていて、手足からの入力がないものだから近くに入ってくる感覚を手足からの信号と理解するからと考えた。

そして、手足からの信号を感知する部分はそれだけが独立してある訳ではなく、他のさまざまな部分からの信号(視覚とか触覚、手足以外からの信号)によって補正され、はじめて手足の感覚として認識される。

だから、脳の理解(すでに手足はない)と他の部分からの信号(身体に異状はない)が食い違うことにより、すでになくなっているはずの手足があるものとして感じられるのである。

これは、これとは逆のケース、つまり実際に手足はあるにもかかわらず、脳のその部分が損傷することによって、手足がないものと認識することで裏付けられる。こうした診断は、現代ではfMRIやPET、MEGといった機器によって、可視化されている。

だから、われわれが認識していること自体が脳において再構成されたもので、現実とバーチャルリアリティの境界はきわめてあいまいで、むしろ区別がつかないと著者はいう。もっともなことである。

この本は1999年の著作、つまり20世紀最後に発表されたものなのだが、脳に関する著作を調べると必ずといっていいほど参考文献にあげられている。すでに古典的名作といっていいかもしれない。

サイエンスライターであるサンドラ・ブレイクスリーとの共著になっているが、ブレイクスリーの担当部分は脚注で、ラマチャンドラン博士の見解がすべて定説ではなく、別の見解もあるという内容を書いている。これは、ラマチャンドラン博士がわざわざ意図して加えたものである。

この本の続編である「脳のなかの幽霊、ふたたび」や「脳のなかの天使」はラマチャンドラン博士単独の著作となっている。幻肢の研究から発展したさまざまのトピック、共感覚(数字に色がついて見える)や、踊るシヴァ神について新たに加わっているが、エッセンスは「脳のなかの幽霊」にほとんどおさまっている。

言われてみると、手足そのものはなくなったとしても、脳の中の回路までなくなった訳ではないというのは当り前のことで、最新機器がなくても想像できたはずである。

にもかかわらず、ラマチャンドラン博士が提唱するまで誰もそのことに思い至らなかったというのは、面白いことである。数学の世界で、わずか2千年ほど前にインドで「0」が発見される前は、何もない数を誰も想像できなかったことを思い出す。

Wikipediaでラマチャンドラン博士の顔写真を見ると、いかにもインド人という風貌である。彼らには、きっとそういった特異な才能が備わっているのであろう。

[Apr 30, 2022]

脳科学関係の本を読むと、必ずといっていいほど参考文献に入っている。1999年の著書だが、すでに古典的作品といっていいかもしれない。