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270 原雄一「宿命 警察庁長官狙撃事件」 [May 12, 2022]

近年になって、国松警察庁長官狙撃事件に関する新事実が明らかにされている。この本は、当時事件を捜査した捜査第一課刑事(2016年方面本部副部長で勇退)の著書で、発行が講談社、2018年の初版である。

2019年に平凡社新書から出ているテレビ朝日記者の「警察庁長官狙撃事件」と、内容的にたいへんよく似ている。いずれも真犯人とされる受刑者からの手紙や、捜査時の調書が元ネタだからある程度仕方ないが、地の文の書き方から表現からそっくりである。

刑事だから文章が苦手という訳ではなく、裁判官に提出する書類や容疑者の供述調書、出廷した際の想定問答集など作るから、民放の記者より文章は書いているかもしれない。両方読んでみて、内容的にもこちらの方がより深いように感じた。

オウム事件は、私が現役の間に身近に起きた最大の事件であった。サリンが撒かれた朝ももちろん通勤で、ニュースを聞いて驚いたし(幸い、地下鉄の路線が違った)、坂本弁護士は知り合いの知り合いである。江川紹子さんは高校の1年後輩であることを後に知った(直接の知り合いではない)。

地下鉄サリン直後に起きた国松長官の狙撃事件は、オウムの犯行だと誰もが決めてかかっていた。マスコミのみならず、警察もそう、世間の見る目もそうだったのである。幸い、狙撃された長官は緊急手術で一命をとりとめ、後にスイス大使に栄転した。実行者と目された信者も逃亡したまま逮捕されず、事件はそのまま時効となった。

ところが、現金輸送車を襲い、警備員を銃撃して負傷させた別の事件の捜査中、容疑者の住まいから長官狙撃事件の関係品が大量に出てきた。狙撃事件が平成7年3月、現金輸送車襲撃は14年11月、その間7年余、この男は捜査線上にも浮かんでいなかった。

その経緯については本書をお読みいただくとして、この男、昭和20年代に東大に入学するも中退(国松長官よりかなり先輩)、20代で職質した警官を射殺して無期懲役、40代後半で仮釈放されて、現金輸送車を襲撃した当時すでに70歳を超えるという驚くべき経歴だったのである。

40代後半で出所した元受刑者が、自分で食べていくだけでも大変なはずなのに、何度も渡米し、現地で武器の調達や射撃訓練を重ね、相当の費用をかけて支援者を確保している。それが事実とすれば、どうやってそれができたのかが個人的に最大の疑問であった。

この本によると、「武器調達に要した費用は3~4千万円。先物相場の利益や親の遺産を使った」となっている。武器はそのくらいかもしれないが、数週間から何ヶ月にもわたる米国渡航を年に何回もして、射撃訓練したり偽装のための工業製品輸出入などしていたら、とてもそんな額では済まない。

あるいは、本書で示唆されているように非合法薬品の売買益ということがあったのかもしれないし、昭和終わりのバブル期だから本当に先物や株の売買で儲けたのかも知れない。

とはいえ、40歳過ぎて出所した元受刑者が、東大に入る頭脳があったとはいえ億に近い資金を用意して革命に向けた活動を続けていたとすれば、その方が驚きであり、もっと掘り下げてほしい点である。

もし、資金の出どころが解明できない、隠れた支援者を特定できないとすれば、それで公判が維持できるのだろうか。捜査によって明らかにされた支援者も、元受刑者仲間とか、アメリカに渡ってカネに困っている連中とか、とても金づるになるようには思えない。

警視庁がオウム犯人説にこだわったのも、警察トップを狙撃して証拠も残さず逃走するには少なくとも複数の犯人で、しかも相当の資金力があると考えたからである。それが実は、単独犯に限りなく近かったということになる。

この本でも、テレビ朝日記者の本でも、どうやって資金を調達したのかについてはほとんど関心がない。個人的に相当もの足りなく思えるところである。

何か、題名と中身が合っていないような気もする。あるいは、真犯人である受刑者の希望した書名かもしれない。

私の概算ではおそらく億を超える資金を、40歳過ぎて出所した元受刑者がどうやって調達したのかが最大の疑問という点まで書いた。

もう一つ違和感があるのは、真犯人の動機は何かにこだわっている点である。捜査官が動機にこだわるのは裁判官が要求するからだし、裁判官が要求するのは量刑の判断に不可欠だからである。読者の関心はまた別の話である。

本書では、最初の警官射殺で無期懲役となり、20年間を獄中で過ごさなければならなかった真犯人の逆恨み、私怨であると結論付けている。仮にそうであったとしても、その感覚は今日のものとはかなりの隔たりがあることを忘れてはならない。

というのは、いまから半世紀前、国家権力に対する反感は、いまとは比較にならないほど強かったからである。鶏か卵かという議論にもなるが、警察も高圧的で横柄だった。

「警察24時間、違法風俗店摘発」みたいな特番はないし、ハローワークの職員と派出所の警官の不親切には定評があった。学生運動で、機動隊より学生達にシンパシーを抱いていた人は少なくなかった(それが変わったのは連合赤軍リンチ事件である)。

現代でそれに近い感覚はというと、香港の民主化運動に対する圧力とか、ミャンマー、アフガニスタンの軍事政権に対する一般民衆の反感かもしれない。

警官を射殺すれば長期間刑務所なのは仕方がないことだが、本人は革命をしているのである。その気持ちは分からないでもない。単に人殺し逆恨みで片づけていいものでもないような気がする。

動機はまあがまんするとして(現代の感覚で考えれば)、仮に男を真犯人として起訴したとして、公判が維持できるかは別の問題である。

何しろ、証拠は本人の自白しかない。自己顕示欲が強いので自供をひるがえさないだろうということだが、それは検事でないから言えることで、私だったらそんな危ない橋は渡りたくない。

現場には、本人が確実にそこにいたという証拠はない(初動捜査が不十分だった)。凶器とされる銃も残りの実弾も、廃棄されてしまった(お茶の水あたりのお堀ではなく太平洋である)。共犯者はすでに死んでいる。本当に、自白だけなのである。

自白の任意性に問題がなく、秘密の暴露があるといっても、状況証拠だけでは公判維持は難しいように思う。せめて、事件後間もなくであれば目撃者もいたのだが、時効になるほど時間が経っていては証人だって記憶があやふやだろう。

そんなリスクを冒すくらいなら、幸い被害者は殺されなかったし、加害者は無期懲役2回で刑務所から出られる見込みはない。そうでなくてもすでに歳で(時効時点で80歳、2022年現在92歳)、長いことはない。真犯人はオウムだが証拠揃わずという判断はありえる。

オウム事件で指名手配された実行犯と目された男がまだ逃亡中だったことも勘案すれば、オウムが真犯人でないことを公表するメリットは、ほとんどなかったと考えても仕方がないかもしれないのである。

[May 12, 2022]