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146 安倍元首相銃撃事件 [Jul 25, 2022]

安倍元首相の銃撃事件については、犯人はその場で逮捕されすでに2日間の取り調べがあったにもかかわらず、10日朝現在詳しい情報が流れてこない。恨みがあったという宗教団体がどこなのかも、ネット上の推測だけで報道されていない。

現行犯逮捕で共犯者もいないようなので、捜査上の理由というよりも10日投票の参議院議員選挙への影響を忖度しているのだろう。10日朝この原稿を書いているので、この記事が載る時点で新たな事実が判明しているかもしれない。

さて、TVにしてもネットにしても、言論を暴力で封じようとするのは許せないという意見ばっかりである。元自民党幹事長が「自民党のおごりが呼んだ事態だ」みたいなことを言っているのが目立つ程度で、みんな同じ意見ならわざわざ大人数に聞く必要もない。

その点、私が愛読する内田樹先生のコメントは秀逸であった。「言論には言論で対抗せよ。暴力はいけない。安倍元首相が無事であることを祈る」(死亡発表前のコメント)と型どおりの決まり文句を述べた後に、返す刀でこう言っている。

「言論の場への信頼と実力行使はゼロサムの関係にある。嘘や恫喝、プロパガンダが言論の場を支配するようになると、物理的暴力で現状を変えようとする力が働く。そうならないように、節度ある自由な言論をいまから作り直すべきだ。」

表面的には犯人以外誰も非難していないようにみえるけれども、よく読めば、嘘や恫喝、プロパガンダで言論の場の信頼を貶めていたのは誰なのかと考えるようになっている。

おっしゃることはそのとおりだが、私はそれともう一つ、犯人の動機の奥に司法への信頼がなかったことが感じられるような気がしている。

司法への信頼は一言で言えば信賞必罰であり、天網恢恢疎にして漏らさずである。そのために警察があり検察があり裁判所があり、マスコミが一般庶民に代わって権力を監視している。

明らかに法に触れることをしているのに、警察も捜査せず検察も起訴せず、悪い奴が堂々と人前に出て偉そうなことを言っていれば、法が裁かないなら自分が何とかすると思う人が出てきてもおかしくない。

国民の納めた税金を身内のために使ったり、集金装置の広告塔のようなことをするだけならともかく、自分に不利になるようなら公文書を改ざんさせて自殺者を出したり、国会の場で嘘をつきまくって責任回避しても、誰も手出しできない。

法の手続きにしたがってちゃんと捜査するよう主張しても、わが身かわいいお偉いさん達は理屈をつけて有耶無耶にするだけである。だったら、他の誰に頼れば正義は実現されるのか。

もちろん、だからといって実力行使が許される訳ではない。そうではなくて、権力に近い者ほど、法は厳粛に守らなければならないということである。法への信頼が損なわれれば、社会は根底から揺らいでゆくのである。

お隣りの韓国では、大統領が交代したとたん裁判にかけられ、有罪判決を受けて服役することもある。後進的な国だと思ってしまうけれど、思う方がおかしい。相手が誰でも、法に触れれば裁判にかけられ罰せられるのが当り前なのである。

安倍元首相の銃撃事件については、参議院選挙との兼ね合いなのか10日朝現在詳しい情報が流れてこない。いずれにせよどこかの政党に有利になるのだから、隠しておくのはどうなのだろう。

もう一つ気づいたこととは、警察もプロではなくサラリーマン化してしまっているということである。

8日夜7時のニュースに元警視総監が出ていた。その後の発言ではややニュアンスが違ってきているが、当初は「人数とか体制とかより前に、警備にはとっさの判断が求められるのに、それができなかった」という趣旨の発言であった。

これは、大震災の原発の管理体制もそうだし、私のサラリーマン生活でもずっと感じたことなのだけれど、現場で正しい指摘をする人間は決して歓迎されない。黙って上の言うことだけ聞いておけというのが組織で生き残る術(すべ)なのである。

あの場所で演説会をやって、何かあったら危ないというのは誰かが気づいたはずである。「ゴルゴ13に狙われたら一発でやられる」と思った人間はいたはずだし、実際ゴルゴ13でなくてもやられたのである。

しかし、それを現場の警備スタッフが意見具申したところでどうしようもない。「許可出したんだから仕方ないだろう。選挙だし」「毎回ここでやってるよ。ぐずぐず言わずに見張ってろ」と言われるだけである。危ないと思って指摘しても否定されるのであれば、誰もアンテナの感度は上げない。

もしいまの時代が連続企業爆破事件の後とか、地下鉄サリン事件直後であれば、もっと違った警備体制がとられただろう。しかし、それから30~40年が経過し、当時第一線の人達はほとんど現役を退いている。

サリン事件の後だけ考えても、駅や街角からゴミ箱をなくすことだけ一生懸命で、もしもの事態に備えるような人材育成もしていなければ機材の開発をしている訳でもない。

選挙だから顔見世だと官民一体で油断していたけれども、本当は誰かが見ていなければならないのに、そういう人間はうるさいので敬遠される。亡くなった小田嶋隆の表現を借りれば、「組織的に無能を選抜するシステム」ができあがっているのである。

それと関係するけれども、道路の使用を許可するのは警察である。警察の連中は、自分達には権限だけあって責任はないと思っているようだが、当然、権限があれば責任がある。

今回の銃撃で、1発目の銃弾は外れて2発目が致命傷となった模様である。外れたということは安倍元首相の前で演説を聞いていた人々、あるいはみんな立ち止まったので進めなくなった人達に向かって銃弾が飛んだということである。

いまのところ、誰も流れ弾に当たってケガをしたという情報がないのは、不幸中の幸いである。警察は、何も知らない通行者がそうした危険にさらされないよう注意する責任があるのに、それをしなかった。権限だけあって責任はないと思っているのである。

昨今の身近な状況をみても、工事しているのに工事予告の看板が出ていないのは当り前だし、交通整理をしていないケースすらある。一時停止違反のネズミとりにはたいへん熱心だけれど、大型車通行止は見てみないふりである。

おそらく、警察の道路管理は罰金を集めて警察署間の競争に勝つのが目的で、それに疑問を持たずうまく上司にゴマをする人間が偉くなって生き残る世界なのである。

警察学校を出たばかりの若手は、警備に当たってはわが身をなげうってでも警備対象者を守らなければならないと思っているはずである。しかし、そういうひたむきな警官は、きっと出世できずにスポイルされていく。

そういう国が「美しい日本」だというのが多くの有権者の考えであれば、年寄りがこれ以上言うことはない。

警視総監経験者が、警備上の問題について指摘。ただ、7時のニュースでは現場のとっさの判断が重要というニュアンスだった。

7月11日夜放送されたNHKクローズアップ現代は、なかなかの力作だった。あの番組が1日で制作されたはずがないので、「恨みのある宗教団体」がどこなのか、銃撃当日からNHKがつかんでいたことは間違いない。

それを報道せず統一教会にリークし(それで記者会見となった)、視聴者に知らせなかったことについては、誰が視聴料を払っているんですかと言いたくなるが、それを別にすると、体制べったりのNHKらしからぬ内容だった。

NHKも秀才がそろっているので、突っ込まれないよう気を使っている。信者の家族があんなお行儀のいいコメントをしたとは信じられないし(被害の実態をもっと知ってほしいと思うだろう)、安倍元首相が信者だとは誰も思っていない(何度も繰り返していた)。

犯人が、統一教会と安倍元首相が近い関係にあると思ったのは信者であるかどうかではなく、教会と岸信介以来の関係とか、いまでも政治献金が渡っているのではないかということである。

だから、教会が関係を否定するのであれば、「自民党にも安倍元首相にも政治資金を提供した事実はありません」と言えば足りる。NHKも、政治資金の収支内訳を調べれば確認できる。それをしなかったということは、関係があったのだろう。

いまさらながらではあるが、統一教会をカルトとみなす人も多い。過去には合同結婚式や霊感商法で問題となったことがあり、普通一般の人が近づくことのない宗教である。高額で壷や印鑑を売ったり布施を強要するのは、オウムと変わらない(教祖の風呂のお湯は売らないようだ)。

そうした団体と近い関係にあり、お祝いのビデオメッセージを贈るなどしていれば、その人間も一味であるとみなされて仕方がない。NHKでビデオメッセージの一部を流したのは、その意味でかなりインパクトがあった。

番組を見ていて、これを選挙前に流せば自民党の票は増えるどころか減っただろうと思った。このご時世に国葬という話にはならないとは思うが、もしやろうとしても逆風になることは間違いない。NHKらしからぬと思うのはそれでである。予定を変更して選挙翌日に流したのも、なかなか腹が座っている。状況が変わりつつあるのかもしれない。

この番組でもうひとつ感心したのは、事件当日の早朝、教会の県支部で爆発音があり、銃弾が撃ち込まれていた事件に触れたことである。

おそらく110番通報があっただろうし、統一教会と安倍元首相の関係は警察でなくても知る人は知っているので、その日に応援演説が予定されていることとの関連に誰か気づかないとおかしい。

暴力団事務所に銃弾が撃ち込まれた場合、警備を厳重にしなければと考えないマル暴はいない。一般市民に被害が及ぶ危険があるからである。宗教団体だから警察としては管轄外、民事不介入と思ったのだろうか。

あるいは陰謀かと思ってしまうけれど、事態はもっと単純であろう。奈良県警内部の連絡体制は担当ごとにばらばらで、マル暴はマル暴、捜査は捜査、警備は警備、公安は公安にしか情報は流れないのである。本部長は中央(警察庁)からの出向で、現場にとって他人、よそ者である。きっと、全部の情報が本部長に集まるようにはなっていない。

いくら警備にあたった連中がサラリーマン警官だとしても、その日の朝に銃を使った犯罪が行われたのを知っていたとすれば、あそこまで無防備でいたとは思えない。あるいは、街中を野生動物(鹿)が歩く土地柄だけに、私の常識が通用しないのだろうか。

[Jul 13, 2022]

11日夜放送のクローズアップ現代はなかなかの力作。投票前から「恨みのある宗教団体」がどこか分かっていて報道しなかったのはどうかと思うが。

安倍元首相狙撃犯は、統一教会のために母親が破産させされ(父親は早くに亡くなっている)、教会に深い恨みがあったことが報道されている。

実はこうした背景はNHKが特番を組んだ参議院選直後(事件3日目!)から明らかだったことで、いろんな人がいろんな方面に忖度したのでなかなかニュースにできなかった。

暴力はいけないとか当り前のことは別にして、個人的にどちらに感情移入するか(安倍元首相と犯人のどちらが気の毒と感じるか)というと、犯人にという人がかなりいるのではないかと思う。半分以上とまでは言わないが。

統一教会に恨みを持つ人が安倍元首相を狙ったのは、「思い込んで」ではなくまさに的を射た選択であった。統一教会の幹部を狙うより世間に対する反響は大きいし、統一教会の悪質性を周知することができた。

そして手製の銃で、手落ちがあったとはいえ厳重な警備の中を狙撃し、2発目で致命傷を与えたということは、運も味方したということである。犯人の動機に天もなるほどと同情したから、外れてもおかしくなかった射撃を成功させたのである。

犯人の動機が純粋だったから運も味方したのであって、仮に「安倍元首相の政治姿勢が許せない」とか思っていたら、2発目も外れていただろう。

犯人の動機は個人的なことで、個人的だからこそ純粋なのである。家庭をこわされ、おそらく夢も叶えられなかった。その怨念が統一教会に向かうのは当然だし、統一教会にダメージを与えるための標的の選択も間違っていない。

もちろん純粋だからいいということではない。けれども、世の中は不正義で満ちている。ロシアはウクライナを無差別爆撃しているし、アフリカでは多くの子供達が飢えている。何とかできないのかと思うことは誰にも止められない。

身も蓋もないことを言ってしまえば、ウクライナもアフリカも私に直接関係がないので今すぐ何かしようと思わないだけである。心情的に気の毒だと思うことと、直接行動を起こすことには距離がある。

統一教会も同じことで、幸い身近に被害を受けた人がいない。存在自体が許せない、恨みを晴らさずにはおかないと思う権利があるのは実際に被害を受けた本人だけである。(しつこく勧誘を受けて嫌な思いをしたことはあるが、半世紀前のことである。)

与野党問わず統一教会に資金提供を受けている政治家は多いらしいし、建前上信教の自由がある。献金するのは個人の勝手だし、それを何に使おうが宗教団体の裁量である。在日の人達をバッシングする連中が、教祖が半島の宗教に支援してもらうのはよく分からないが。

これを機会にカルト宗教を世の中からなくすべきだと主張するのは自由だが、それが生きるよりどころになっている人もいるのだろう。どちらの立場をとっても結果的にストレスを増やし健康を損なうだけだとすれば、静かに遠ざかるのがいちばん賢いかもしれない。

政治家にしろ警察・検察、裁判官にしろ、そうした団体に対応して住みやすい社会を作るために給料をもらっている。私腹をこやし選挙を有利に運ぶため仲良くするしているのは問題だが、そういう連中にはきっと天が味方しない。

[Jul 25, 2022]