習慣を見直す

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最近あまり言われなくなったが「断捨離」は生活においてたいへん重要である。

生きている以上次々と関心ある事柄ができるし、いままでのものをそのままにしていては時間も空間も足りなくなってしまう。特にシニアにとって、マネージできる範囲は確実に小さくなっているのである。

以下は2019年2月の記事。当時、新聞宅配とWOWOW視聴をやめた。つい最近は、NFL GAMEPASSを解約し、将棋中継もライブで追いかけるのをやめた。時間にも空間にも限りがある以上、いつになってもスクラップ・アンド・ビルドは大切である。
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新聞をとるのをやめて、つい最近はWOWOWを解約した。年金生活に入り、こうして長く続けた習慣を見直すことが多くなっている。

年金生活に限らず、収入の範囲内で暮らさなければ生活が破綻する。リタイアして収入が激減し、支出を切り詰める必要が出てきたのは気が重いけれども、不老不死ではないのだからいずれはリタイアしなければならない。心身がまずまず健康で頭が働くうちにそうできるのは、考えようによっては幸いなことである。

最近どこかで読んだことだが、長く続けたことをやめるのに抵抗感が強いのは、脳の働きだそうである。脳が単に費用対効果をシミュレーションするだけであれば、長く続けたかどうかはそれほど優先順位の高いことではなさそうだ。にもかかわらず抵抗感があるのは、そう考えることが脳にとって有利だからである。

「脳」にとって有利という意味は二つある。ひとつは「体」にとって有利なので「脳」にとっても同様に有利ということで、例えば寒ければ暖房をつけるとか厚着をして暖かくするという反応である。これは、人類の(あるいは生物の)進化の中で培われてきたもので、そういうシミュレーションができなければ、生き残ることが難しかっただろう。

こういう種類の脳の抵抗にしたがわないことは、好ましいこととはいえない。例えば、「早寝早起き」とか「なるべく人混みに行かない」とか「定期的に体を動かす」とかいう習慣は、その方が心身のコンディションを保つのに有効だから、「脳」も求めるし「体」にとっても快適である。

「脳にとって有利」のもう一つの意味は、「体」にとっての得失は不明ながら「脳」にとって有利だということである。これは、進化の中で培われてきたシミュレーションとは違う。そうした事柄は、脳が抵抗したとしても本当に必要かどうかよく考えることが必要である。

例えば、新聞宅配の制度など百年経つか経たないかであり、新聞をとるかとらないかは人類の進化とはかかわりがない。なのに脳がなぜ抵抗するかというと、その方が「脳」にとって有利だからである。

おそらく、文字情報を入力することを「脳」が好むのだろう。だから、新聞をやめる前にはかなり抵抗があった。しかし実際やめてみても特に困ることはないし、いまでは図書館に行って新聞が置いてあっても、用事がない限り読むことはない。実は必要なかったのである。

WOWOWについても同様で、20年近く契約してきたものを解約すると、実はよくないのではないかと思ったりしていた。でもよく考えてみれば、WOWOWにしたところで大切なのは既存顧客よりも新規顧客である。

想像するに、人類がこれまで生き延びるに際して、「よく理由は分からないけれども長く続いていることは、続けた方がいい」と考える方が有利だったということがあったように思える。

例えば、「できるだけ手足・身体を清潔に保ち、定期的に洗浄する」という習慣を持った集団は、そうでない集団より伝染病や食中毒に強く、生き延びるのに有利だっただろう。しかし、細菌やウィルスを知らなければその理由を正しく説明することはできない。そうした場合に、「よく分からないけれども長く続けてきたことだから」が有効に働くことになる。

いまの時代、多くの習慣・性向を科学的に吟味することができる。限られた資源をより心身に好ましい方向に使うためには、長く続けてきたことでも要不要を見極めることが大切だし、そこで「脳」が求めるのか「体」が求めるのかをよく考える必要がある。

「体」が求めていないのに「脳」が求めるものは、やめても実害がないことが多い(すべてではないにしても)。「体」が求めていないということは人類(生物)が生き延びることに直接関係ないということに、ニアリーイコールなのである。

p.s. 「年金生活雑感」、年金生活を送りつつ日々思うことの記事まとめはこちら

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