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せいうち日記

152 年賀状、りんご不作、年末年始の酒 ~せいうち日記152 [Dec 14, 2021]

早いもので、もう12月半ばになった。11月はコロナワクチンの接種が大きなイベントであったが、これが終わるといよいよ12月。年末年始に向けていろいろ準備する時期である。

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半世紀前の話

270 都営ギャンブル廃止 [Dec 21, 2021]

家から10分ほど歩くと小林牧場がある。近在の桜の名所として名高いが、ここには大井競馬場のトレセンがある。というと、最近だとトレセンといえばJRAの美浦とか栗東を想像するかもしれないが、ここができたのはJRAよりずっと古い。

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NFL

214 2021シーズン終盤戦展望 [Dec 22, 2021]

いよいよ12月、NFL2021シーズンも終盤戦に入った。

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退職手続編

027 今更ながら失業保険額修正 [Dec 9, 2021]

先週、厚生労働省から封筒が続いた。何だろう、年末調整の書類はこの前送ったけどと送付先をよく見ると、年金課ではなくて雇用保険課であった。一瞬考えて思い出した。ずいぶん前に問題になった、雇用保険額の修正ではなかろうか。

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尾瀬栃木の山歩き

111 鬼怒沼 [Oct 25-26, 2021]

この図表はカシミール3Dにより作成しています。

さてこれから秋の山だ、と張り切った途端に帯状疱疹になってしまった。

本も読めなければディスプレイを見ることもできない状態が1週間ほど続き、発疹が水膨れになりかさぶたになって治るまで約1ヶ月を要した。ルーティーンの散歩は早めに復帰したけれども、しばらくは様子を見ながらぼちぼち歩くしかなさそうだ。

この秋に予定していた一つは、実は半世紀前から行きたかった山であった。奥鬼怒温泉郷、私がその存在を知った当時は、まだ電気が通っておらずランプの宿と言われていた。奥鬼怒スーパー林道が開通したのが1993年、それ以前はまさしく秘境の宿だったのである。

2021年10月25日、ファミリーロッジ旅籠屋鬼怒川店を午前4時半に出た。有料道路を避けて気味悪い廃墟ホテル群の横を通り、川治ダムから県道を川俣方面に向かう。まだあたりは真っ暗である。

川俣ダムを渡る頃になって、ようやく周囲が明るくなってきた。ダムまでは昔より道が広くなったけれど、ダムより先は昔と同じくねくね道路である。熊肉料理の店(営業しているのだろうか)を過ぎるとまもなく川俣温泉、そして女夫渕(めおとぶち)である。午前6時ちょうど、1時間半かかって駐車場に着いた。

来る途中真っ暗だしすれ違う車もなかったので、駐車場はがらがらだと想像していたのに、なんと数十台止まっていたのには驚いた。ここにはかつて女夫渕温泉ホテルがあり、ホテル廃業後も温泉だけ営業していたと聞くが、いまでは何も残っていない。

休憩所とトイレだけの駐車場だが、すぐ横にauの基地局があるので家に最後のメールをする。ここより先、携帯の電波は届くかどうか分からない。

駐車場から橋を渡ると、すぐ右手に遊歩道への階段が現れる。この登りは階段だけではなくさらに続き、そこから急傾斜を下って再び鬼怒川沿いに出る。「鬼怒の中将乙姫橋」と銘板にある、立派な橋である。

乙姫橋から先は広い歩道とガイドブックにはあるのだが、そんなことはなくてここから先も登り下りのある登山道である。どうやら、土砂崩れで崩落してしまったらしい。基本的には、登山道に毛が生えた程度の道が続く。

日光澤温泉までは道幅のある遊歩道をのんびり行けばいいと思っていただけに、これは予定外のハードな道であった。しかも、路面が岩交じりのごつごつした道でたいへん歩きにくい。

そして、川から離れてまたガレ場に出たりするのだけれど、いつまで歩いても八丁の湯が見えてこない。1時間ちょっとで八丁の湯、そこから10分で加仁湯、さらに10分で日光澤だと思いこんでいただけにつらかった。まるで、槍沢ロッヂへの道のようである。もうすぐと書いてあっても、全然すぐではない。

1時間半歩いて、ようやく八丁の湯の前に出た時にはほっとした。ここから先は車も通れる幅の太い道が日光澤まで続く。そして、奥鬼怒温泉郷は3軒の宿がぽつんぽつんと点在しているのではなく、3軒ともほとんど同じ場所にあるというのは、歩いて初めて分かったのであった。

前日に県立だいや川公園から見た限りでは、翌日の鬼怒沼があんな景色とは想像できなかった。

鬼怒川を4時半に出たのに、女夫渕に着いたのは6時だった。途中ほとんど車はなかったのに、駐車場に何十台と止まっていてびっくり。

女夫渕から日光澤温泉までは奥鬼怒遊歩道を歩く。楽勝だと思っていたけれど、相当きつかった。八丁の湯までがとにかく遠かった。

コースタイム1時間40分の女夫渕・日光澤間に2時間以上かかり、日光澤温泉に到着したのは8時20分になった。予約時に、登りで通る時に手続きしてくれと言われていたので、ちょうど車のところにいたご主人に声をかける。

「上は雪ですよ。足元大丈夫ですか」

「一応、モンベルの登山靴なんですよ」

数日前に尾瀬周辺が雪とは知っていたけれど、登山道以外のところに積もっているくらいだろうと思っていた。登山靴は林道歩きが長いのでローカットを穿いてきたが、ちゃんと靴底のグリップは利くはずである。

朝食が3時だったので、玄関前の切り株椅子に腰かけてカロリーメイトで栄養補給。番犬のサンボが目の前に来て見ている。でも、「犬に食べ物を与えないでください。病気になります」と書いてある。だめなんだって、とお断りすると玄関前に戻って行った。

ちょうど奥さんも出てこられて、「2時から入れますから」とご案内いただいた。だいたい3時くらいに戻る予定です、とお話ししたところ、「4時までには入るようにして下さいね」と念押しされる。

まだ9時前だから大丈夫とは思うが、心配そうな口ぶりである。この時間で間に合わないことはないだろうと思う。とはいえ、谷間にある宿だから4時にはかなり暗くなっているはずだし、予報では午後から雨である。(結局、ぎりぎりになるのだ)

ところが、出発早々ミスをしてしまう。写真を撮りながら坂を登っていると、だいぶ登ったのに分岐が出てこない。スマホのナビで確認すると、なんと根名草山の登山道に入り込んでいた。あわてて戻る。

言い訳になるけれども、ガイドブックに「日光沢温泉から先は、いよいよ山道になる」と書いてあるので、そういう道だと思い込んでいた。実際は、あと700m、15分ほど先のヒナタオソロシの滝分岐まで、奥鬼怒遊歩道の続きである。

鬼怒沼方面と根名草山方面の分岐は宿から上がってすぐそこで、なんでこれを見逃したかというほど大きく書いてある。鬼怒沼方向に折れてすぐ温泉神社がある。二礼二拍手一礼で道間違いはこれくらいにしてほしいと、登山の無事をお願いする。

結局、鬼怒沼に向かったのは8時45分頃になってしまった。この時点で、予定より1時間遅れである。ただ、鬼怒沼山まで行くつもりで計画を立てていたので、鬼怒沼で引き返せばまだ余裕はあるはずだ。

新しくきれいな筬音橋(おさおとばし)を渡って、再び鬼怒川左岸を歩く。再び、八丁の湯でスーパー林道になる前の遊歩道規格である。左手に2つ3つと砂防ダムが連続して、川音がひときわ高く響く。

ヒナタオソロシの滝分岐を右に折れて、いよいよ山道が始まる。ガイドブックでは、八丁の湯・加仁湯間、加仁湯・日光澤間、日光澤・オロオソロシ展望台間はほとんど同じ距離に見えるのだけれど、とんでもない。前者2つは10分か15分の距離だが、日光澤より先は1時間以上かかる。

途中で斜面を見上げながら、まだ着かないのかなあと何度も小休止する。沢筋から尾根筋への典型的なスイッチバックの急坂である。ようやくオロオソロシの滝展望台に着いたのは、10時ちょうどだった。日光澤温泉から1時間15分かかった。

宿の前でそそくさと食べたカロリーメイトでは足りなかったので、リュックを下ろしてインスタントコーヒーとあんパンでお昼にする。このあんパンで、かなりHPが戻ってきた。(結局、これが最後の栄養補給になる)

オロオソロシノ滝は、滝と言うよりもオロオソロシ沢(根名草山の急斜面を流れる)の急流を対岸から見るという雰囲気で、水らしきものは見えるのだけれど、華厳の滝とか湯滝みたいな幅広の滝ではない。でも、ここでようやく対岸の展望が開けるのである。

登山道の傾斜はここまでがきつくて、ここから先は比較的緩くなる。しかしながら、ここから先は雪が出てくるのだった。

鬼怒沼への登山道は、日光澤温泉の渡り廊下をくぐって進む。すぐ先が根名草山登山道との分岐なので、ぼんやりして見過ごさないよう注意(私が間違えた)。

ヒナタオソロシ展望台の分岐で遊歩道と分かれる。傾斜がきつくなるのはここから。

オロオソロシ展望台で前面の眺めが開けるが、滝そのものは細くてよく見えない。傾斜はここから緩くなるが、路面に雪が出てきてスピードは出ない。

オロオソロシ展望台から上はやや傾斜がゆるくなるのだけれど、今度は太ももがぴくぴく痙攣し始めた。

以前のように固まって発作みたく動けなくなるというほどではないが、痛いしひどくなりそうで不安である。スラックスの上からもみながら、だましだまし歩く。ガイドブックには20分ほどで着くと書いてある日光白根山展望台まで、40分かかった。

ここでは根名草山の右後方、稜線の向こうから日光白根山が顔をのぞかせた。それほど距離はないはずなのに、ずいぶんと白くぼんやり見える。一応カメラで撮ったのだが、残念ながら写っていなかった。

直後の標識では、鬼怒沼まであと1.4km。ここから等高線の間隔が広いので傾斜はそれほどでもないはずだが、標高1800mを越えてとうとう路面がアイスバーンと化した。このあたりから木道が始まるが、木道の上の氷、最も滑りやすいパターンである。

これまで以上に慎重に歩く。こうなると、チェーンアイゼンを持ってきた方がよかったと思うが、今年5月の男体山で結局荷物のままで終わった苦い経験があるので、今回は持ってきていない。

そして、以前、燧ヶ岳から御池へ下りる途中の登山道が、熊沢田代より下はぬかるんで水気を多く含んでいたことを思い出した。おそらく、高層湿原の下の登山道にはどうしても水が出るので、気温が低くなれば当然凍り付いてアイスバーンとなる。ここも上に鬼怒沼があるので、燧ヶ岳と同じ条件となるのだ。

そして、ますます太ももの痙攣がきつくなる。徐々に範囲が広がってふくらはぎに近づいているのも不気味だ。こうやって足が攣るのも、久しぶりのことである。

そして、これも今更ながら思い出した。かつて足が攣った三条の湯にしても丹沢山にしても、房総・元清澄山にしても、燕山・加波山にしても、全部寒い時期だったのだ。

この時も、おそらく気温は0度に近い。私の足の痙攣は、疲れとか水分不足というよりも、寒さで起こるものだったのである。これまで、寒さに関してほとんど注意していなかった。迂闊なことである。

頭上の杉の木から断続的に雪の塊が落ちてくる。住宅地の屋根にある雪止めの氷と違って、直撃してもケガをすることはないだろうが、それでもびっくりして転ばないとは限らない。左右上下に気を配りつつ進んでいくと、突然目の前にシカが現れた。

段差があるので手は届かないものの、2~3mの至近距離にいて、ササの葉を食べている。こちらを気にしてはいるものの、お腹が空いている方が先に立つらしく食べるのをやめない。

木の皮を食べるくらいだから、ササの葉も食べるのだろうとその時思ったのだけれど、帰ってから調べるとササは冬の間のシカの主食だそうだ。

登山道がそちらに続くので、申し訳ないが近づくとのっそりと遠ざかって行った。それほど大きくなかったので今年の春生まれたシカだろうか。あんまり警戒心がないと、銃を持ってたら撃たれてしまうよ。

ここから上で、3組ほどのパーティーとすれ違った。シニア夫婦、女性の単独行、シニア夫婦の順である。日光澤温泉泊の私だからこの時間から登れるので、女夫渕まで戻るとしたらギリギリの時間かもしれない。

さて、当初予定では引き返すはずの12時を過ぎた。鬼怒沼まで0.7kmを過ぎたので、あと30分くらい。足も攣りそうだし引き返すかとも思ったが、あまりにも目的地が近すぎる。場合によっては着いてすぐに引き返すことになるかもしれないが、進むしかないと覚悟を決める。

残り0.4kmを過ぎたが、まだ鬼怒沼は見えない。とはいえ、頭の上に稜線があるような状況ではないので、それほど長くはかからないはずだ。足元に気を使いながら進む。傾斜はもはや気にならない。木道の上に厚く張り付いている氷だけが相手である。

と、木々の間から人工物が目に入った。あれは、ガイドブックによく出てくる鬼怒沼の案内看板ではないだろうか。近づいて行くと、まさにそうだった。林を抜けて、鬼怒沼高層湿原に入った。12時25分到着。

日光白根山展望台を過ぎると木道が出てくるが、あいにく雪で凍り付いている。あと1.4km、行けるのか?

木道の上は完全にアイスバーン、慎重に進む。ここまで来たら、行くしかない。

至近距離にシカさん登場。よほどお腹が空いていたのか、夢中でササの葉を食べていました。

12時25分、引き返し予定時刻を過ぎたけれど、なんとか鬼怒沼に到着した。

ガイドブック等で見覚えのある看板は、林から出てすぐ鬼怒沼の入り口に掲げられている。湿原の中に向かっている木道は2本あり、1本は凍っているが1本は乾いていた。その乾いている木道脇に、ベンチが置かれていて休むことができる。

さて、到着時間によってはすぐ戻らなければならないと思っていたが、せっかくだから少し奥まで入ってみよう。日光澤温泉からだいたい3時間半で登ってきたから、下りは3時間とみてあと30分くらいしかない。栄養補給している時間はない。

鬼怒沼高層湿原はほぼ平坦に広がっていて、進行方向は白く霞んでいる。天気がよければ燧ヶ岳が正面に見えるはずだが、行く手が白いのはきっと雲なんだろう。尾瀬沼からだって燧ヶ岳は雲の中ということがしばしばあるから、いくら近くても見えない時は見えない。

正面やや右手に見えるのが鬼怒沼山で、左の2141m独標点と右の2140m三角点の双耳峰である。計画ではあそこまで進む予定だったが、この路面状況ではいずれにしろ無理だったろう。

風はほとんどないが寒い。おそらく、氷点下まで冷えこんでいるはずである。しばらく乾いていた木道も再び氷結してしまった。それも、登山道のアイスバーンとは違って固く厚く凍っているのでたいへんすべりやすい。木道の境も不明瞭で、一度ずぼっと足を踏み込んでしまった。

見渡す限り誰もいない。最後にすれ違ったのは、単独行の女性だっただろうか夫婦2人だっただろうか、いずれにしても30分以上前にすれ違ったので、私がこの日最後の登山者と思われた。

奥(北)に向かって進むと、左右(東西)にも広く湿原が広がっているのが分かるけれども、地塘は凍り付いて湿原は雪で真っ白である。ベンチを一つ通過して、さらに方向表示の柱があるあたりまで進む。

行ってみると「大清水 6.0km」と書いてある。ここまでは鬼怒沼と奥鬼怒温泉だけが表示されていたけれども、ここまで来ると向こう側の表示が出てくるのだ。ただし、大清水へは物見山を越える険しい道で、もちろんこの時間では誰も向こうから来ない。

そろそろ引き返そうと思って振り返ると、いままで見えていなかった日光方面の山々が急に見えたのでびっくりした。

手前に見えるのは日光澤温泉から登山道がつながっている根名草山、その右の釣り鐘型に見えるのが金精山と思われた。温泉ヶ岳もこの方向のはずだが、根名草山に隠れた向こう側にあるものと思われた。

かなり苦労したけれども、なんとか所期の目的を達成することができた。これなら、登山記録に「鬼怒沼(撤退)」と書かなくてよさそうだ。時刻は12時45分、あとはケガをせずに日光澤温泉に下りるだけである。奥様に、「遅くとも4時までには戻ってくださいね」と言われているのだ。

樹林帯からいきなり景色が開けて鬼怒沼に到着。あたりは一面の銀世界。晴れていれば後方に燧ヶ岳のはず。

日本一標高の高い高層湿原は、まっさきに冬になる高層湿原でもありました。バックは鬼怒沼山。

時間が押していたので、鬼怒沼の真ん中くらいで引き返す。すると今度は日光方面の根名草山や金精山が間近に迫る。

さて、登りでは転倒しなかったが、アイスバーンで危ないのはむしろ下りである。ケガでもして動けなくなったら、最後の登山者なだけに翌朝まで誰も助けに来てくれない。

最も気を付けなくてはならないのは、標高1800mくらいまで。木道が凍っている日光白根山展望台までの間である。

慎重な上にも慎重を期して、かかとを強く踏み込んで滑らないよう細心の注意をして下りる。ぬかるみや水たまりに気を使っていられない。ともかく滑らないことが第一である。スピードは二の次である。

そう思っていたのに、この区間で都合3回滑った。2回はしりもちをつくくらいで済んだのだけれど、1度は派手に滑って右手で受け身をとらなければならなかった。おまけに、滑った瞬間に太ももが痙攣して、下が水たまりなので尻餅もつけず難儀した。

幸い、動けなくなるほどではなかったので、足をひきずりながら下り続ける。靴の中に水が入ったような感触があったけれど、がまんして歩く。鬼怒沼から0.4km、0.7km、少しずつ遠ざかる。第一目標の日光白根山展望台には、午後2時ちょうどに着いた。

アイスバーンのひどいところは通過したはずなので、いったん荷物を下ろして服装を整える。一生懸命下っている間にスラックスがずり落ちてきて、たいそう歩きにくい。午後から雨の予報だが、雪が融ける音なのか雨音なのかはっきりしない。すでに、日光白根山が見えなくなっている。

麓に近づくほど気温も上がってきて、太ももの痙攣もおさまってきた。30分ほどでオロオソロシ展望台。ここまで来れば大丈夫。まだ4時まで1時間半ほどある。そういえば、登りのこの場所でアンパンとコーヒーでお昼にしてから、水分補給だけで何も食べていない。

ここから先は雪もまったくなく、普通に歩いて下りることができた。最後の遊歩道ではまだ着かないのかと思ったけれど、午後4時に15分ほど残して日光澤温泉に到着することができた。

それでも、ご主人からは「予定時間より遅かったし、ローカットの靴なので大丈夫かと話してたんですよ」と言われてしまった。

「木道が凍ってて転んでしまって。あまり速く歩けませんでした。一応、モンベルの登山靴なんですよ」と言い訳。正直なところ、転んだのは靴のせいではなく、歩き方が悪かったせいだと思う。できればチェーンアイゼンがあった方がよかったが、木道を傷めるので良し悪しかもしれない。すれ違った人達もしてなかったし。

部屋に帰って着替えると、手足を何ヶ所かすりむいていたのと、左足親指の爪が真っ黒に変色していたのに気がついた。幸い、日光澤温泉はすり傷、打ち身、筋肉痛に効能がある。太ももの痛みは数日続いた。

予報通り夜になって大雨になり、露天風呂でゆっくりしようという目論見はくずれてしまった。翌朝まで降り続いていたので、上下レインウェアにリュックカバーも装備して出発、大事をとってスーパー林道経由とした。

右足と左足を交互に出していれば着くだろうと思っていたら最初の1時間はずっと登り坂で、最後の方にヘアピンカーブで一気に標高を下げるというハードな道だった。それでも日光澤温泉から2時間ちょっとだから、時間的には登りの遊歩道経由とほとんど変わらなかった。

この日の経過
女夫渕駐車場(1110) 6:15
7:55 八丁の湯(1304) 7:55
8:20 日光澤温泉(1400) 8:45
10:00 オロオソロシ展望台(1631) 10:20
11:00 日光白根山展望台(1820) 11:10
12:25 鬼怒沼(2023) 12:45
14:00 日光白根山展望台(1820) 14:10
14:40 オロオソロシ展望台(1631) 14:45
15:45 日光澤温泉(1400) 8:00
10:15 女夫渕駐車場(1110)
[GPS測定距離 23.3km]

[Dec 20, 2021]

下りのアイスバーンは登り以上に気を付けなければならない。注意していたのに、3回滑って転んだ。

鬼怒沼から2時間でオロオソロシの滝展望台まで下りてきた。あと1.3km、もう雪はない。午後4時までには戻れそうだ。

翌朝はスーパー林道経由で女夫渕まで戻る。まだ紅葉もまばらなのに、上は雪とは驚いた。時間的には、遊歩道で登ったのとあまり変わらない。

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370 山本作兵衛「炭鉱(ヤマ)に生きる」 [Dec 8, 2021]

国立国会図書館で閲覧した本なのだが、とても半日で読み切れる内容ではなかった。入手困難になる前に買っておこうと思ってアマゾンを探したら、定価1,817円送料1,250円の合計3,067円かかった。版元が講談社なのにえらく高いが、まあ仕方がない。

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なんとなく思うこと

129 生きていても仕方がないという人が増えているらしい [Dec 1, 2021]

この前図書館で本を読んでいたら、いまの若い人の中には生きていても仕方がない、できれば早く死んでしまいたいという人が増えているということが書いてあった。

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128 ついに私もコロナワクチン接種 [Dec 2, 2021]

副作用を明らかにしないのが気に入らなくて先送りしてきたコロナワクチンの接種だけれど、冬になる前に打っておくことにした。

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130 世界のコロナ情勢・変異株オミクロン現わる [Dec 7, 2021]

南アフリカなどでみつかった新たなコロナ変異株が世界的に広がりをみせている。WHOはオミクロン株と命名、各国も渡航制限や感染防止策の徹底など対策に追われている。

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半世紀前の話

260 ひょっこりひょうたん島 [Dec 1, 2021]

昨年5月に始めた「半世紀前の話」シリーズ、1年半で26話に達した。改めて、なぜこの連載をしているのか書いておきたい。