613 ギャンブルの地獄の釜を垣間見る [Sep 22, 2020]

正直なところ、いまの段階でこの原稿を書いていいのかどうか半信半疑なのだけれど、気分的には少し落ち着いたので再び落ち込む前に書いておくことにする。大げさかもしれないが、ギャンブルの地獄の釜の中を垣間見たような気がするのである。
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612 ネットマージャンに集う様々なプレイヤー [Aug 24, 2020]

さて、これから書くのはネット上に集うさまざまなプレイヤーについてである。正直なところ、こういうことをしていたら勝てないよ、と思っていたやり方なのだが、最近自信をなくしている。そういうプレイヤーに負けるのである。

あるいは、しばらく離れている間に、私の知っているマージャンとは違うゲームになってしまったのかもしれない。ひとまず、昔からのプレイヤーが違和感を覚えるプレイだと理解して読んでいただければありがたい。 “612 ネットマージャンに集う様々なプレイヤー [Aug 24, 2020]” の続きを読む

611 ネットマージャンでよくやるミス [Aug 2, 2020]

ネットマージャンはリアルと違い、チョンボやフリテンのようなミスをすることはない。システムの制約で、上がれないようになっているからである。

しかし、ネットでしか発生しないミスがある。これは痛い。今後の自戒も含めて、書いておくこととしたい。 “611 ネットマージャンでよくやるミス [Aug 2, 2020]” の続きを読む

517 ギャンブラーのための道教入門 [Dec 28, 2006]

#1 老荘思想と道教

香港・マカオに何度か行っているうちに気になったのは、現地における道教寺院の多さである。日本にもいたるところに神社や寺、小さな祠、お地蔵さんがあるが、華僑の人たち(華僑は英語で言うとOverseas Chineseで本土以外の中国人という意味)も必ずといっていいほど関帝廟や天后(媽祖)廟をお祀りする。共産革命により建前上無宗教になったはずの中国本土に対し、台湾と香港・マカオはおそらく道教の伝統を引き継いでいる最大の地域ということができるのではないだろうか。 “517 ギャンブラーのための道教入門 [Dec 28, 2006]” の続きを読む

516 バカラ罫線についての一考察 [Aug 11,2005]

この記事を書くにあたって、リゾカジ.comに掲載されているJ’sさんの論文「バカラ罫線」を全面的に参考とさせていただきました。J’sさん並びにリゾカジマスターはじめリゾカジ.com関係者各位に厚く御礼申し上げます。

#1 罫線検討の必要性について

まずそもそもの話、なぜ罫線を検討する必要があるのだろうか。例えば次のような罫線が現れた場合である。

 

例1 次はどちらに賭ける?

B B P P B B P P B ? [:player,:banker] “516 バカラ罫線についての一考察 [Aug 11,2005]” の続きを読む

515 集中力 [Jun 28, 2005]

集中力はカシノにおいてプラスの要素となりうるのか、このところずっと考えている。

例えば仕事の場合、A、B、C、Dの仕事がある場合、AにとりかかったらA’まで片付けて、次にBにとりかかってB’まで、と続けていくやり方と、A、B、C、Dの仕事を並行してどれともなく進めていくやり方とがある。 “515 集中力 [Jun 28, 2005]” の続きを読む

514 ビハインドベット [Jun 17, 2005]

ブラックジャック、牌九、三公百家楽のようにボックスに賭けるカシノゲームにおいては、次にこのボックスにいい手が来そうだ、と思ってもそこにすでに賭けている人がいる場合、基本的にその人に優先権がある。それでもそこに賭けたいという場合、ボックスのこちら側の境目あたりに賭け金を置いて、その人に「乗る」ことができる。これをビハインドベットあるいはバックベットという。”behind”も”back”も、後ろから、という意味である。もちろん、ミニマム、マキシマムベットは同じ基準が適用される。 “514 ビハインドベット [Jun 17, 2005]” の続きを読む

513 マーチンゲール [May 26, 2005]

(注.マーチンゲールとは、負けても倍額をベットし続ければ、いつかは勝って挽回できる、という戦法。実際にはカシノにはマキシマム・ベットがあるので、10連敗=1024倍あたりで間違いなく破綻する)

これも先日のマカオの話であるが、私自身のギャンブルに向かう姿勢の弱さが如実に現れたゲームがあった。 “513 マーチンゲール [May 26, 2005]” の続きを読む