せっかく会社を辞められたのですから、おカネがないなりに楽しく過ごしたいものです。
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年寄りにゴールデンウィークは

明日は4月29日、昔は天皇誕生日だったが、いまは昭和の日。なぜ昭和時代を振り返って記念しなければならないのかよく分からない。「みどりの日」の方がよっぽどいいと思うのだが、そうでない人もいるらしい。

4月29日が昭和の日なら、11月3日は明治の日で明治維新に思いをはせる祭日でないと整合性が取れない。明治時代は文明開化だから文化の日で、昭和時代は国土復興・緑化だからみどりの日で何もおかしくない。戦後レジームからの脱却とか言ってる人が国会近辺に多いからだろうか。

ともあれ、ゴールデンウィークの始まりである。昔は月曜休みもなく5月4日休みもなく、ほとんど飛び石連休だったがそれなりに楽しみにしていた。自分が休める日も少なかったし、子供が小さい時一緒に遊べるのはゴールデンウィークくらいだった。

いまや年金受給者なので、ゴールデンウィークはかえって外出しづらい時期である。普段休めない人達のことを考えて、できるだけ道も行楽地も行かない方がいいと考えるからである。年寄りは働く人が活動しない時でいい。

 

サラリーマン時代の終盤は休日出勤ばかりだったし、子供も大きくなって一緒にどこかに行くこともなかったので、ゴールデンウィークはあまり楽しくなかった。TVも特別編成になって通常番組を流さないし、特別番組なんて見る気もしない。競馬の天皇賞も4月29日にやらなくなった。

その流れで、リタイア以来10年。ゴールデンウィークも出かけようと思えばいくらでも行けるが、わざわざ混んでいる時に出かけても仕方がない。もともと人と同じことをするのが嫌いな性分である。

いま考えるとコロナの時代はたいへんよかった。人込みにはなるべく出ないように、マスクをしてあまりしゃべらないようにというのはたいへんいいことで、いつでもそうしてほしいくらい。しかし、いつの間にか元に戻ってしまった。

コロナの流行は終わったような風潮だが、実はいまでもコロナになる人は多いらしいし、インフルエンザもたくさんいる。後遺症で苦しんでいる人も多い。メディアで取り上げないだけである。そうしたことを考えると、抵抗力が衰えている年寄りは、できるだけ人の多いところは避けるべきであろう。

特に、博物館や美術館といった屋内施設は、病原菌がうようよしている。コロナの騒ぎがなくなってから、マスクもせず平気で咳き込む奴も増えた。昔は文化施設やコンサートに行くのが楽しみだったが、リタイア以来行っていない。わざわざ病原菌だらけのところに行くことはない。

 

だからゴールデンウィークは、私にとって無関係とか興味がないというより、避けて通りたいものである。

スポーツジムや温浴施設も、あまり混むようなら行かない。マラソン大会もあまり人が多いのは嫌だが、私の走りだとすぐ周りに誰もいなくなるのでいまのところ大丈夫である。

[Apr 28, 2026] 

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ゴールデンウィークは原則として遠出をしない。家の近くでも、国道464号は柏・松戸や土浦つくばナンバーの買い物車で混み合うので、なるべくそちらに出ないようにする。あと少しで通常ベースに戻るので、もうしばらくの辛抱である。

家にいる時間が長いので、必然的にパソコンの前にいる時間も長くなる。巡回するブログはいくつかあるが、暇なので普段見ないブログも訪問する。これまでの経験で、投資やカネ絡みにはろくなブログがないし、他人の記事を引用(まる写しorリンク)してタイトルで釣る奴もいて要注意。嘘の闘病記を書くブログもあったが、いつの間にかいなくなった。

カネ絡みはすべてダメかというとそんなことはなく、株主優待を楽しみにアシックスの株を買うのはありだと思う。しかし、収益率とか評価益など資産運用状況を書くブログは見ない。他人の実績など参考にならないし、収入を増やすより支出を減らす方が簡単で効果も大きいと思っている。

 

やはり同年代の書いたものが安心できるが、60~70になると突然病気したり、長く更新がなかったりする。スポーツ(マラソン)でケガをしてお大事にというケースもあるが、年寄りで、はなばなしく活動していた方が黙ったりすると、やっぱり心配である。

それぞれの考え方があるのでそれは仕方ないが、他人が見ることを想定するなら、それなり気を遣う必要はあるのではないかと思っている。個人を特定できる情報はなるべく避けるし、儲かった話は他人が読んで楽しいものではない。カネのない話は参考になるけれど、度が過ぎるとやっぱり鼻につく。

病気もそうである。医者や病院を信用するなという内容は自分の経験を共有してほしいので書くが、病気の中身にあまり深入りしないよう注意する必要があると思う。できればサドンデスよりフェイドアウトが望ましいので、そういう時期が近づいたら更新頻度を下げるかもしれない。

 

私の場合は日々の生活について書くことが少なく、せいぜいランニングの備忘録くらいである。体調についても1ヶ月に1度くらい。空き巣等の犯罪者はSNSやブログで留守かどうか判断するという話もあり、スケジュールや生活時間についてはあまり詳しく書かない(書くほどの事もない)。

私が主な想定読者としているのは「過去の自分・将来の自分」なので、ランニングや山歩き、健康状態も書いておきたい大切な情報である。いまでも、3~4年前のバックナンバーをみて、あの頃はこんなに体重があったんだと再確認したりする。面白かった本の書評も忘れないうちに書いておく。

日々の記録を書いても自分が面白くないし、後から読むこともない。何ヶ月かに一度、こういう毎日だと書くくらいである。ウィークデイだけとはいえ20年以上書くことがよくあると自分でも思う。

自分の事ばかり書いていたら長くなってしまった。参考になったブログの話は明日にでも。



連休中に読んだブログでなるほどと思ったのは、「アルコールはやっぱり体に悪い」と「年取ると食べられなくなる」。いまさらと言われそうだが、この頃特に感じるようになった。

「酒は百薬の長」はアルコールが体調を整えるという意味ではなく、役に立つものだからちゃんと税金を納めろという意味らしい。それはともかく、ちょっと前までアルコールは飲み過ぎなければ体にいいとされてきた。最近になって、大量だろうが少量だろうが体にはよくないとはっきりしたらしい。

酒を飲むと気分がよくなるのは、気持ちいいと感じる脳をアルコールが直接刺激するからである。本来は獲物を仕留めたとか腹が一杯とか、危険から寸前で逃れたという時に脳のいろいろな回路を通じて得られる刺激を、アルコールがショートカットしているだけである。

だから、アルコールで脳が気持ちよくなっても、それが本当に望むことであるとも限らない。体にとって、自由が利かなくなり動きが緩慢になるのはできれば避けたいことである。しかし、脳が満足感を覚え気持ちよくなるから、それを我慢するのは容易なことではない。

理屈で考えれば、脳の中枢に直接作用すれば本来経由すべき回路によくない影響が現れる可能性が大きい。いくつかの回路は退化するし、海馬は収縮する。いずれ認知症と同じ状況になる。脳は気持ちよくても、体に悪影響を与えるのは避けられない。

とはいえ、生きている以上楽しみがないのはつまらないから、気持ちよさと悪影響のトレードオフになる。体によいことだけをしても、永遠には生きられない。寿命まで楽しい方がいい半面、どこかでストップしなければ脳や体を壊す。

 

量を食べられなくなったのは、最近とみに感じることである。炭水化物は糖質制限以来控えるようにしていて、以前のようにお稲荷さん16個とかカレーライス1000gを食べることはなくなった。胃がもたれて具合が悪くなる(いまさらという話)。

唯一残ったのは肉類で、牛肉なら450g(1ポンド)食べないと食べた気がしなかった。ところが最近では、そんなに食べなくても大丈夫な気がしてきた。食べている最中はまだ足りないと思うけれど、30分もたたないうちに満腹になって胃がもたれる。

1kgの切り落としを買って3分の1ずつ食べていたけれど、4分の1で足りるかもしれない。4分の1でも普通の人は多すぎで5分の1(200g)で十分という説もある(奥さんによく言われる)。

そもそも、炭水化物でもたんぱく質でも1日に必要な量は決まっており、それを超えると炭水化物は中性脂肪になりたんぱく質は排泄されるだけということである。家計的にもそのくらいが適量で、多く食べたから偉いという訳ではない。たくさん飲むのが偉い訳でもないし。

そのことに気づくまで70年近くかかったということになる。

[May 9, 2026]

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