
なんとなく思うこと・・・ニュースや世間のいろいろなこと、私が思うことと世間が感じることは違うみたいです。
そろそろ宗教の時代? 毛沢東は風呂に入らない
自販機大赤字の報道に思う ナナメ読みまで指示されたくない
京都南丹市事件の報道は不審 AI生成動画の方が民放より面白い
磐越道事故は部活顧問が一番悪い カネばっか話題にするのは 某球団監督の話
取り返しのつかないことを避けない人達
年明け早々めでたくないことを書くのは気が引けるが、違法風俗のタイ少女と同様にしばらくするとマスコミも報道しなくなるので、今のうちに書いておく。暮れに引き続いた事故の件である。
サウナルームにせよ、スキー場にせよ、何かあったら危ないことは分かっていたはずである。にもかかわらず放置し、人命にかかわる事故となった。これについて2つのことを思った。一つは指摘したところでかえって嫌がられただろうということ、もう一つは取り返しのつかないという発想がなくなりつつあることである。
指摘したところでかえって嫌がられるというのは、自分自身のサラリーマン生活でもしばしばあったことである。サウナルームで非常ベルの電源を切ったりするのは万一の場合大変なことになる。しかしそれを指摘しても、「事故なんて起きないよ」「誰か待機させてその費用はどうする」と言われておしまいである。
スキー場のエスカレーターにしても「何か挟まれば止まる仕組みになっています」と平然と言っていたが、機械物に絶対はないし、取説のどこかに小さい字で「止まらないこともあります」と書いてあったと思う。そして、責任者にしろ担当者にしろ、取説なんて絶対読んでない。
もし何か起こった場合を想定する人、取説をきちんと読んで理解する人は組織のすべての人がする必要はないけれど、誰かがしないと仕事は成り立たない。そして、そういう指摘は、組織の大部分の人達にとって面倒だしやりたくないし聞きたくないことである。
そういうことを言う人は「うるせー奴」「こまけー奴」として煙たがられ嫌がられる。組織全体を運営し責任を持つ人はその必要性を分からなければならないが、実際分かっていない。確率としては何もない場合が多いが、何か起こった場合の被害はきわめて大きい。
もう一つは、「取り返しのつかない」という概念がなくなりつつあることである。これは、東日本大震災の東電による原発事故の影響がたいへん大きい。国土のかなりの部分を使えない状況にしておいて、当時の東電幹部は社会的制裁も経済的制裁も受けていない。
藤沢周平の時代小説によく出てくるが、侍の社会では「一同腹を切っても追いつかない」ことがあった。藩の体面にかかわったり、お殿様に危害が及ぶことである。しかし今の時代、そういう概念はなくなりつつある。カネさえ払えばそれで済むという考えの人が大部分になった。
ところが、地球に住めなくなったり、人間社会がなくなるようなことは、カネを払ってどうにかなることではない。そうなったら通貨に意味がないからである。同様に、人命が失われたり、組織がなりたたなくなるようなことを起こせば、本来はカネでは済まない。取り返しがつかない。
取り返しのつかないことをしないために、余分な手間暇をかけ余分なカネをかけなければならない。しかし昨今の人達は何かあってもカネで片が付くと思っている。カネで片が付くなら、ことは損得の問題、採算の問題になる。取り返しのつかないことでも、採算がとれなければ仕方がないことになる。
今回の事件も、いずれは業務上過失致死で誰かが刑事責任を追及されることになるが、彼らにとっては罰金と損害賠償か、悪くて刑務所に行くだけのことで、サウナルームやスキー場で儲けることに比べれば小さなことなのである。
ただ、半世紀前の価値観では、悪いことをして刑務所に行くことは恥ずべきことで、取り返しのつかないことであった。過失・不注意により避けられない事故もあるけれど、今回のような事故は、費用と手間暇さえ惜しまなければ避けられた事故なのは間違いないのである。
[Jan 5, 2026]
サウナルーム、スキー場と事故が相次いだ。いずれも、現場で働いている何人かは危険に気づいたはずである。しかし、指摘すると嫌がられるので誰も言わない。結果、「取り返しのつかないこと」が起きる。

高市首相、冒頭解散で短期決戦へ
高市総理が通常国会冒頭で衆議院解散に踏み切った。明日27日公示、2月8日投票で、数十年来でもっとも短期決戦となる。
地方では学歴詐称や不倫疑惑で議会を解散する世の中だから、自民・維新連立に代わって信を問うのはかなりまともな解散といえる。石破から女・安倍に代わって、自民党に任せなくて本当にいいんですかと国民の意見を聞くのは、税金の無駄遣いとは言えないだろう。
マスコミのおおどころは親中派がたいへん多いから、以前から高市政権を手放しで誉めない。だから野田・斎藤の負け組連合を大きく採り上げたりするのだが、現・立憲民主党が激減するのはほぼ確実である。いくら創価学会が不正投票で票を増やしても、中道なんたらが比較第一党なんて無理である。
思い起こせば十数年前、奇しくも野田首相の時に衆議院を解散して、民主党政権が終わった。野田佳彦は津田沼駅で毎朝演説をしている前からよく知っているけれど、選挙に負ける時に党首を引き受けてしまう損な役回りのようである。自身は選挙に強く運もよかったけれど、そうやって帳尻を合わせているのだろう。
立憲民主党としても、自民党が石破だから野田佳彦なのであって、相手が女・安倍に代わってしまっては分が悪い。せめて蓮舫にしておけばダメージは少なかったのかもしれないが、創価学会と組んでしまうという悪手を打ったのだから、負けるのは仕方がない。
公明党が連立から外れた際、地方議会のみの党になって国政からは撤退するという見方もあった。現実にそうなりそうだし、もともと創価学会員が全国民の1割近いなんてことはないのであった。
やはり旧知の高橋先生が自民党単独過半数を予想しているが、その予想は妥当で私もその可能性が大だと思う。マスコミは中国寄りの割には、レアアース問題や訪日観光客激減の影響にあまり触れないし、韓国での統一教会捜査についても同様である。このままネガティブキャンペーンがなければ、自民党圧勝になるだろう。
注目は、高市総理が物価高対策として消費税の減税・一時的税率0%に言及するかどうか。裏ボスの麻生はあまりいい顔をしないだろうが、これを言っておかないと改選後の連立組み換えがうまく行かない。
巷間噂されるように選挙後に国民民主が連立に加わるとすれば、今から言っておかないと「政策が同じでしたから」と言い訳ができない。理屈としては、連立メンバーが変わったらまた信を問わなければならない。選挙で勝ってもあと2年半参議院では少数なのだから、政権基盤を強化するにはいずれ連立を組み変えなくてはならないのである。
[Jan 26, 2026]
高市総理が通常国会冒頭で解散に踏み切った。マスコミはあまり褒めないし中国の渡航禁止・輸出入禁止の影響がこれから出てくるが、中道なんたらでは自民批判票の受け皿にならないのは明白である。

総選挙が終わった。2週間前の記事で予想した通り自民党が圧勝。単独過半数どころか300を超える地滑り的勝利で、維新と合わせた議席は全体の3分の2どころか4分の3を占めた。中道は100議席減で改選前の3分の1、小沢、岡田、枝野の元代表、現幹事長の阿住が落選した。
投票当日は予報通り雪。府中競馬と京都競馬が順延になったし、さいたまマラソンも中止になった。固定票が必ず投票に行く政党に有利のはずだったが、有権者の関心は高く投票率は前回を上回り、自民圧勝の要因となった。
世論調査が出る前からこの結果は予想されていたし、私自身数十年ぶりに自民党の候補者に投票した。別に女・安倍を応援するからではない。社会党共産党、真理党より嫌いな創価学会党に入れたくないからである。
野田佳彦が幼稚園・高校の同窓なのでずっと新進党・民主党に入れてきたが、創価学会と組んだのでは投票できない。そういう考えの人は多かったはずである。
そもそも徒党を組む奴らが嫌いな上、創価学会員にはサラリーマン時代何度も嫌な目に遭わされた。会社が違っても学会員は必ずいて、同じようなことをする。彼らは日蓮上人を信じているのではなく、無税でマルチ商法をやっているだけである。
そして、選挙が近づくと用もないのに声をかけてくる彼らを、今回まったく見なかった。違法駐車して公明党ポスターを貼った家に集まるのも気づかなかったし、そもそもポスターをあまり見なかった。
やる気がないのか高齢化したのか不明だが、連中の集票力を当てにした立憲はバカだということである。
この選挙結果をみて思うのは、高市人気が東京都の小池知事とよく似ていることである。小池都政は10年続いているが、高市は小池より9歳若いから、これから長期政権を築くかもしれない。
文春砲は統一教会問題を採り上げるだろうが、あまりダメージになりそうもない。中国の渡航自粛は長引きそうだが、中国人観光客はほとんどの人がよく思っていない。円安や金利高は今後も続くが、2%程度のインフレターゲットは安倍時代から言っていたことである。
マスコミは黙っているが、本当の問題は国債が値崩れして銀行・郵便局の財務内容が問題となることだが、それが10年以内に起こるかどうかは分からない。次の参議院選挙まで起こらなければ、高市政権はそれ以降も続くことになりそうだ。
[Feb 9, 2026]
自民党が地滑り的圧勝で衆議院の3分の2を占め、高市政権の長期化が見えてきた。小池都政の国政版で、少なくとも次の参議院選挙までは続きそうだ。

そろそろ宗教の時代?
巷で話題のコミックスというのを調べてみたら、どうやら障害を持つ子がハードな人生を送るという話らしい。ちゃんと調べずに買わなくてよかったと思ったが、そういえば昔もこういう内容のマンガが描かれた時期があった。
YouTubeでやたらとすすめられるドカ食いなんとかさんも精神的に問題を抱えているのは間違いないし、他にもそういうテーマの話がいくつかある。かれこれ五十年ほど昔も、その種のテーマは結構目についた。
昔は分裂病(当時そう言った)や二重人格が主たるテーマで、今は行動障害や境界知能という違いはあるが、物語のトーンはすごく似ている。それと前後して、超能力やオカルトブームが来た。これは関係あるかもしれない。現実があまりに重いと、非現実に逃避するのはありがちなことである。
今でいう境界知能(ないし知的障害)の登場人物は昔も出てきたが(日出処の天子とか)、それが主たるテーマという訳でなかった。知能に障害があることが原因でハードな人生を送るなんて話もなかった。実際はそれが現実なのだが、それを言ってしまっては終わりという感覚があった。
現代の「幸福か不幸か」の物差しは、ほぼカネのあるなしに一元化されている。物差しがいろいろあれば、カネがなくても幸せという考え方も出てくるが、カネがなければ不幸というのがいまの考え方である。
そして、カネのあるなしは親がカネ持ちかどうかに相関する(当り前だが)。だから、どういう家に生まれたかでどういう人生を送るかが決まる。いわゆる「親ガチャ」である。本当は、カネがあっても幸せになれないことは多々あるのだが、それが分かるのは人生も終盤になってからである。
いまの世の中はネット依存だから、そういう価値観が大勢を占めればそれが世の中だとみんなが思ってしまう。人格の涵養だの才能を伸ばす努力だのは、残念ながら人生を切り開くすべにはならない。
それこれ考えると、そろそろ新たな宗教が現れる時代が近づいたのかもしれない。いまの人達はオウムや幸福の科学は最初から大きかったと思うかもしれないが、麻原も大川隆法も私とほぼ同年代である。ゼロから、あれだけの組織・信者・資金を集めたのである。
カネがすべての世の中ではあるが、布施しろと言われれば全財産寄付してしまう人も宗教もある(統一教会だけではない)。そして、仏教やキリスト教を含め、開祖が布教を始めた時はみんな白い目で見た。いまの価値観に合わないからと言って、すべてニセモノと決めつけることはできない。
近い将来、いまは影も形もない宗教が出てきて、巨大化することがあるかもしれない。願わくば、そうした宗教が美辞麗句や不安を駆り立てる予言もどきで信者を集めるのではなく、心身を癒すものであってほしいものである。
[Jan 27, 2026]
世の中では、精神病や知的障害への関心か高まっているようだ。かれこれ半世紀前、麻原や大川隆法の出てきた頃もそうだった。その後オカルトブームを経てオウムや幸福の科学が勃興したのだが。

毛沢東は風呂に入らない
先日YouTubeをみていたら、毛沢東が風呂にも入らない不潔な変人みたいな動画が上がっていた。
毛沢東(念のため言うと、中華人民共和国の初代で、天安門に肖像が掲げられている人)が本当に偉人かという議論はおくとして、いま現在の、しかも特定の国にしか当てはまらない基準でどうこう言うのは、いかがなものかと思う。
自分が置かれている状況だけが世界のすべてだと思うのは、世間一般には通じない。視野が狭いというだけでなく、自分自身を不幸にしかねない考え方である。しかし、世の中そういう人がほとんどなのかもしれない。だからああいう動画が、多くの視聴者に「いいね」をもらえると思うのだろう。
違う土地・違う時代であれば、自分の基準でものごとを判断するのは間違いと分かるはずである。いま現在でも、ガザ地区でちゃんとシャワーを使える人なんてほとんどいない。当然お風呂なんて入らない。そういう習慣がないし、水道だって寸断されている。水をお湯にする贅沢などできない。コンゴだってスーダンだって同じである。
ラスベガスのホテルはお金持ちが使う施設なのは間違いないが、普通の客室にバスタブなんて付いてない。湯舟に浸かりたければプール付属のジャグジーに行くことになるが、水着着用である。ホテルは数多くあるから、高い部屋には付いているのかもしれないが。
だから毛沢東と同様、ベガスのギャンブラーもお風呂に入らない。毛沢東は濡れ雑巾で体を拭くだけだったというが、シャワーを浴びて体を拭くのとたいして変わらない。
石鹸を使うから清潔かというと、明治以前は日本だって石鹸なんて使う人はいなかった。毛沢東時代の中国だって同じである。もし、いまのガザから中東に覇を唱える人物が登場しても、YouTuberは彼らは風呂に入っていないからと言うのだろうか。
YouTubeをみると、いまの中国は経済成長が止まり、都市部は生活に困った人達が厳しい生活をしているという。これは、すでに二十年前から言われていたことで(蟻族)、農村から都市に出たはいいけれど仕事はなく、高等教育を受けた者が貸し部屋みたいなところに住むしかない状況という。
現在はさらにひどいことになっていて、深夜の飲食店(日本でいうファミレス)で夜を明かしたり、公園で寝泊まりする人がたいへん多いという。中国は一党独裁で福祉という考え方がない上、漢民族の伝統的な大家族による相互扶助が一人っ子政策で破壊されてしまった。好景気が終われば行き詰まる人はたいへん多い。
日本のパスポートを持つのは世界で幸運な10%に入ると昔から思っているし、いまもその考えは変わらない。もし私がロビンソン・クルーソーみたいにいまの中国に漂流したら、ちゃんと暮らしていけるかどうか怪しいものである。金儲けなんかできないし、自給自足も難しい。犯罪組織の片棒を担ぐしか生きる方法はないかもしれない。
それこれ考えると、毛沢東が入浴する習慣のない生い立ちをしたからといって不潔と決めつけることはできないし、いまの価値観で面白がるのも的外れであろう。彼が反日武装勢力を組織し、蒋介石に代わって中国全土を支配する中で、YouTuber連中には想像できないような苦労をしたことは間違いない。
[Feb 20, 2026]
毛沢東が風呂に入らなかったから不潔な変人みたいな動画がYouTubeに上がっていたが、百年前の人をいまの基準で考えるのはどうかと思う。

自販機大赤字の報道に思う
自販機大手のコカコーラ、伊藤園、ダイドー等が、自販機部門の大幅赤字に苦慮しているという。コカコーラは年間数百億円の赤字らしいから、多少の損失が出ても撤去した方がいいのは確かである。
自販機を置くのも人がいて売るのも、原理的にはまったく変わらない。仕入れ値や維持費用を勘案して、利益に見合うだけの売上があれば成り立つし、なければ損失となるだけである。半世紀前、田舎に行くとバス停とかの周辺に壊れた自販機がよくあった。
最近では自販機を置くのは大手の会社で、稼働していないものはほとんど見ない。電気も供給されてコンピュータ付冷蔵庫だし、紙幣や硬貨、カード対応までするからそれなりの設備投資になる。定期的に大型車が来て在庫管理もしているから、人件費・運送費だってバカにならないはずである。
人が持ってきて売るのと同様、そこら中に店があってみんな儲けになる訳がない。人であれば場所を替えるという手段があるけれど、一度置いた自販機はそんな簡単に位置を変えられない。頻繁に売れているのは鉄道駅や高速くらいで、道路際にあるものなど1日の売り上げが千円あるかどうか。とても採算に乗らない。
日本全国、車が通れる場所であれば自販機での販売価格は同じである。山の上だと自販機で水が500円とか缶ビールが800円だけれど、そんなことは例外で、麓に下りてくればどんな田舎だって150円とかである。商品の入れ替えに車で1時間かかってもそうである。山登りの時はたいへんありがたいが、売る立場になってみれば商売にならないだろう。
そして私自身、自販機で飲み物を買うことは1年間で10回もないくらい。山でもランニングでも飲み物は持って行くし、どうしても冷えたのが欲しい時以外は買おうとは思わない。
自販機でも店舗でも、設置する時には必ずマーケットリサーチをする。周辺人口や通る人数はほぼ正確な数字が分かるから、そこからどのくらい売り上げがあるかを推定できる。ただ多くの場合、みんな同じことを考えて、いずれ競合するのをあらかじめ考えない。営業部門は、売上が大事で収支を考えない。置いた方が自分達の成績になる。
結果、コカコーラでもダイドーでも伊藤園でもポカリスエットでもみんな同じような場所に自販機を置き、見込んだ売上は4分の1、5分の1しか達成されない。人であれば値引きしてその場で売ることもできるが、機械にそんな器用なことはできない。
自販機ができた頃、こんな便利なものができてよかったと思った。ただ、駅のKIOSKが自販機だけになってしまった頃から、なんとなく味気ないものを感じていた。人が売っていれば、せっかくだからここで買おうかと思うけれど、機械があってもそんなことは思わない。
昨今、人件費が上がりガソリン代が上がり、自販機の維持費用は増大している。冷蔵庫は中国で安く作れるとしても、1日千円の売上のため自販機を置いておくのは採算割れもいいところだろう。1日1万円くらい売上が見込める場所でないと、設置費用と維持費用のムダになる。
人が売って商売になる場所で、休日や夜間でも売っているということでないと、自販機を置くのは商売にならないということに早く気づくべきであろう。
[Mar 20, 2026]
自販機各社が売上減・採算悪化に苦慮しているという。機器自体の価格、維持管理に掛かる費用が大きいらしい。

ナナメ読みまで指示されたくない
はてなブログでは、今月から記事の最初に「ナナメ読みする」のボタンが加わった。AIが要点だけ解説してくれるのか、すごいなと思って試しにクリックしてみたところ、記事の表示が斜めになるだけだった。
昔はこういうことをすると「子供騙しだ、ふざけるな」と怒る人がいたが、いまの人達は「なるほど、斜めにすると読みやすい」と思うらしい。スマホだったら画面を傾けるとか、パソコンなら首をかしげれば済む話だと思うが、それがサービスと思っているのだろう。
NHKが難しい漢字の熟語をひらがな交じりで書くのと似た印象を受ける。抽籤を抽せんとか、覚醒剤を覚せい剤とするのは慣れたが、ち密とか隠ぺい、破たんとあるのを見ると「やぶたんって何ですか。食いタンの友達ですか」と言いたくなる。
そこまでやるんだったら熟語そのものを使わず、「倒産しました」とか「経営が行き詰まりました」でよさそうなものだ。そう指摘するとおそらく、再生の可能性があればその言葉は使えませんと言うのだろう。だからエリートは困る。
話は戻って、みんながナナメ読みするから、せっかく書いた文章をろくろく読まない。読まないだけならまだしも、変なコメントを付けたりする。
1パラグラフ先に「スマホを使うのは奥さんとのショートメールだけ」と書いてあるのに、「SNSをしないというのはSMSの間違えでは」と言ってきたりする。この場合は「間違い」が正しく「間違え」は間違えている。
トランプの言うことなどナナメ読みで十分だと思うが、自分の文章でもひとの文章でも、日本語として正しい文を読みたいと思う。その方が「おしゃれ」だし、格調高い。それに、私の興味ある分野でそういう文章を書く人はそれほど多くない。じっくり読む時間はいくらでもある。
もちろんナナメ読みしたい人はすればいいと思うが、目立つところにボタンまで付けることはない。AIが要約してくれるならまだしも。
[Apr 3, 2026]
今月からはてなブログに「ナナメ読み」機能が加わった。私は使わないからどうでもいいけど、目障りだからデフォルトで表示しないでほしいものである。

京都南丹市事件の報道は不審
3月末からずっと、京都府南丹市事件の報道が続いている。亡くなった小学生はかわいそうだし真相は究明されなくてはならないと思うが、他に報道しなければならないことがあるだろうというのが率直な感想である。
この事件の報道は最初からおかしかった。やたらと被害者の写真を強調するのは当初行方不明だったから仕方ないとしても、女子高生行方不明事件の報道が何日も続かなかったのに比べると異常であった。警察とマスコミがぐるになって何か隠していると思わざるを得なかった。
警察が分かっていることをすべて発表しないのは当り前である。全部マスコミで報道されていたら、被疑者が自供しても犯人しか知りえない事実と認められず、裁判で証拠にならない。司法解剖の結果にしても、核心は隠しているはずである。それは仕方がない。
だからといって、マスコミが一緒になって何も知りませんでしたで済ませるとしたら、お前らちゃんと取材してるのかと言いたくなる。警察発表以外はニュースにしないのなら、最初から報道なんかするな、番組なんか作るな。視聴率が稼げればどうでもいいのか。
義理の父親が逮捕されるまで、自宅付近の映像をまったく出さず、家庭環境もほとんど報道しなかったのも不審である。一家の誰かが「取材お断り、自宅も映すな」と貼り紙を出したそうだが、いくらでもやり方はある。学校と警察、駅前の映像だけなんて不思議な事をなぜしたのだろう。
おそらく、警察は犯人(義理の父親だけとは限らない)を泳がすために、マスコミにあまり張り付かないでくれと要請したのだろう。でなければ、自分の車で遺体や遺留品を運べるはずがない。バーターで、ある程度の捜査情報をオフレコで知らせたと思われる。みんなぐるというのは、そういう意味である。
だったら、連日トップニュースにする意味があったのか。意味があるとすれば被害者が生きていた場合だけだが、かなり早い段階から警察は殺されたであろうと分かっていたはずである。マスコミもそれを知っていて、連日視聴率稼ぎをしていた。
1日に何時間もTVを見ないから知らないだけかもしれないが、新潟の女子高生行方不明の報道はほとんどされていない。サウナルームやスキー場の死亡事故など、最初だけでその後はなしのつぶてである。なぜ、南丹市の事件だけこんなに「引っ張る」のだろう。
ニュースを見るのは、夫婦関係や親子関係が複雑な家庭の実態を知りたい訳ではなく、いま何が起こっていて、最優先で考えなければならないこと、対応しなければならないことは何か判断するためである。
だから、アメリカ・イスラエルの戦争行為や、原油の海上輸送がどうなるのか、石油・関連製品の供給がどうなるかを連日トップニュースにしないのはおかしい。ガソリンが160円なら何も問題ないのか。システムバスが作れなくなってもたいして困らないが、輸血や点滴ができなくなれば人命にかかわる。
きっと、いまのTV・新聞は「知る権利」なんて考えてないし、視聴者のあるべき人物像も世間的常識も関係ない。関心があるのは視聴率やアクセス数、自分の出世だけである。一皮めくれば、NHKもフジテレビも一緒である。
被害者となった小学生はかわいそうだけれど、悲惨な状況におかれている子供達は日本にだってたくさんいるし、世界中であれば山のようにいる。複雑な家庭環境を見たければドラマでもコミックでも見てればいいし、みんなで大騒ぎしたければ大谷でも見てろと言いたい。
[Apr 20, 2026]
NHKでも毎回トップニュースにする京都南丹市の事件。他に報道しなければいけないことがあるだろうというのが率直な感想。マスコミの姿勢はたいへん不審である。

AI生成動画の方が民放より面白い
ますます歳を取ってきて、夜になると細かい字を見るのがつらい。文庫本など到底無理だし、新書版でもつらい。最近は写真入りの大きな字がお気に入りで、子供用の図鑑類を借りてきて読んでいる。
だから、20分本を読んで、疲れたらYouTubeにする。YouTubeもなかなか面白い動画に当たらず、あってもすぐに更新しなくなるので見るものに困ることが多い。
そうした中で、生成AIの動画が最近増えている。現実にはない風景や、全国各地の神様や妖怪、猫が寿司職人やうどん屋、工場で働く動画など結構面白い。少なくとも神経に触らないので、吉本芸人やジャニーズが騒ぐ民放番組よりよく見ている。
生成AI動画にはさまざまの問題があると指摘される。偽情報の拡散やフェイク動画などは確かに問題で、実際の映像かAIによるものか明確に表示されることが望ましいとは思うが、著作権や肖像権の侵害と言われると、それが基本的な問題かという気はする。
問題点はともあれ、あまりストレスにならず目も疲れず、のんびり時間をつぶすのにAI動画はたいへん有効である。猫がバイトしたり各地の伝説的妖怪が行進する姿を見ていると、作者は違うのによく似た画像である。だから著作権などの問題が出てくるのだろう。
昔のYouTubeのようにやたらと手ブレして頭が痛くなることもない。実際の景色であってもAIで作っても、見る側はそんなこといちいち気にしない。むしろ見やすい方がいい。動きもどんどん精密になって、そのうち映画もAIで作れるようになるだろう(今現在すでにあるかも)。俳優も大道具も照明もいらなくなる。
それらの動画を見ていて最近気が付いたのは、昭和レトロや江戸時代、地方の過疎地が舞台で日本の視聴者を対象としているのに、どうやら作っているのは日本ではないことである。
店の看板や室内の調度、ポスターや石碑の文字などが、漢字でもなくひらがなカタカナでもなく、意味不明の図形なのである。ビールを飲む猫の動画など、ビールのラベルの字が読めない。
昔、「千と千尋」のアニメは中国韓国に外注していて、千尋が迷い込んだ世界には「め」「生あります」以外に日本語の看板がなかった。異世界であっても読めない字が書いてあるのは違和感があるから、宮崎プロダクションは細かいところまでチェックしていたのだろう。
もう一つ妙に思われるのは、部屋に貼ってあるカレンダーの日付がおかしいことである。昭和に週休2日はないから、日曜だけ赤であとは黒なのは分かるが、4月29日や11月3日が休日でないのは、ここ100年間ない。異世界のカレンダーである。
日本で売っている中にも世界カレンダーはあって、日本の休日でも平日として記載されている。おそらくそういったものを見て作っているのだろうと思うが、カレンダーだけ見ても日本で作られたものではないのが分かる。
YouTubeは制作地を書かないから、作者名が日本語だと日本で作っていると考えてしまうが、そうとは限らない。というか、悲しいことに日本の作者がそれだけの創造性や技術を持っているとは考えにくい。最近は、日本で作っていない証拠(?)を探すのが楽しみになっている。
[Apr 26, 2026]
AI生成動画に賛否両論あることは承知しているが、吉本芸人や元ジャニーズが大騒ぎする民放番組よりよっぽど面白いと思う。

磐越道事故は部活顧問が一番悪い
ゴールデンウィークのニュースで一番けしからんと思ったのは、磐越道で部活の移動中だったマイクロバスが事故を起こし、高校生が死傷した事件である。刑事責任は運転手が問われるのだが、一番けしからんのにお咎めなしになるであろう部活顧問の責任が最も重い。
常識的に考えて、バス会社が送迎の依頼を受ければ自社のバス・運転手を手配するのが当り前で、わざわざレンタカーや運転手を手配する理由はない。したとすれば「予算足りないんだよ。うまくやってよ。レンタカーとか使えば、もっと安くできるんじゃないの?」と言われたとしか考えられない。
バス会社としては、普段使ってもらっているし、上得意だし(なんたって後払いである)、断りにくい。だからといってそれをやったら営業担当は会社に損害を与えることになる(売上にならずにレンタカー会社・運転手におカネが行く)。
にもかかわらず断れないほど、バス会社の経営は悪いのである。地方バス会社はみんな苦しい。最初にアイデアを出したのがどちらであろうが、学校からの支払先がバス会社であろうが、部活顧問の立場が強いのでバス会社は嫌とはいえない。
立場を利用して、安く上げようというのはどういう了見かと思う。立場が強ければ無理を言うのが当り前で、そうしないのはバカと考えていたのだとすれば、バカは自分である。百歩譲ってバス会社からの提案だとしても、「何かあったら責任問題になるから、それはできない」と言うのが教育者であろう。
少なくとも、経費が足りなければ近場で練習試合をすればいいことで、わざわざ県境を越えて行く必要はない。地区大会にせよ県大会にせよ、県内の試合のはずである。
車で移動すれば、自分が事故を起こさなくてももらい事故がある。部活で移動中に誰かケガでもしたら、学校の責任が問われる。だから移動手段はちゃんとした交通機関を選ぶのが当然で、許されるのは近場で保護者が手分けして乗り合いで行くくらいだろう。
おそらくこの部活顧問は、一に自分の成績、二に経費のことしか考えておらず、万一のことがあったらどうなるかなんて考えていない。おそらく校長・教頭には「ちゃんとバス会社に依頼しました」と言っているんだろう。
事故に直接責任があるのは、運転手である。68歳というから私と同年配で、頭にも体にもガタがきている年回りである。引率者もおらず誰も統率していない高校生の集団だから、シートベルトなんてろくすっぽしていないと思われる(だから車外に投げ出された)。
どうやら2種免許を持っていないらしい。バス会社の紹介で2種免許を持っていない運転手なんてことがあるのだろうか(営業停止は避けられない)。当初報道されたようにバス会社の営業ではなく、部活関係者から運転手を手配したとしても驚かない(むしろその方がしっくりくる)。
アルバイト感覚で、生徒に注意なんてしない。あの大きさの車に二十数人乗ったら、制御できなくなるのは当り前である。バス会社に無理を言ってレンタカーを手配させたのなら、せめて顧問も乗って統率すべきだろう。
ところが本人は、荷物を運ぶために自分の車に乗っていたそうである。だったら人も荷物も運べる大きさの車を手配すべきなのに、そうしていない。経費を抑えて遠くに遠征すれば手柄と考えたに違いない。よく考えれば、バス会社がマイクロバスを貸せないというのもおかしい。これからいろいろ出てくるかもしれない。
この事故は全国版のトップニュースになり、校長もバス会社も矢面に立たされている。バス会社には警察の捜査が入ったし、校長も管理責任を問われるだろう。刑事責任はともかく、人事上の不利益は避けられない。
もちろん運転手も、過失運転致死で逮捕された。しかし、そもそもの発端である部活顧問は名前も出ていなければ、マスコミ対応することもない。いずれお咎めなしということになりそうだ。
部活で成果を上げれば、十年に一度くらい日本のどこかで著名な指導者が出るし(小出監督や蔦監督)、校長くらいに出世する例はたくさんあるのだろう。だから、なりふり構わず部活に精出す奴は絶えない。少なくない父兄も、スポーツで有名になれば推薦で進学できるかもしれないからそれを歓迎する。
こういう手合いが、戦争に行けば訓練と称して新兵に暴力を振るい、学校生活では下級生いじめをし、教師なのに授業より部活・命なのだろう。部活に入れる親にも責任はあるが、こういう連中のせいで日本の組織はどんどん悪くなっていく。
[May 10, 2026]
GWで一番不行き届きだと思ったニュースは、磐越道事故であった。貸切バスは高いからとレンタカーを手配させた部活顧問が一番悪い。サウナの非常ベルを切った奴と同じくらいバカである。

カネばっか話題にするのはどうなのか
批判がましいことを言うと自分に跳ね返ってくるのであまり言いたくはないが、目に入ってくるブログ記事がカネ絡みばかりなので正直うんざりしている。登山やマラソンに何が関係あるんだろう。
人それぞれ趣味や関心のある分野は違うから、株式投資の話題がたまにはあってもいいし、アシックスの株主優待の話など参考になるのだけれど、投資に興味ない人に「投資しないと損ですよ」みたいな記事は、趣味の範囲から外れている。何か別の意図があって書いているものと思われる。
別の意図とは、アフェリエイトとか広告宣伝とかそういったものだと思う。おそらくそういう記事はどこかからの広告費を当てにしているか、記事中にリンクが貼ってあってクリックすると協力費とかもらえるのであろう。
YouTubeもそういう傾向があって、ちょっと売れてくると「プロモーションを含みます」みたいなテロップが現れる。収益化どうこうという記事も多い。滞在時間によって広告費をもらえるらしく、無駄に長い動画も目立つ。最近はそういう動画を見なくなった。
昭和の時代にはまだ、カネのことばっかり話題にするのは品がないという意識があった。だから飲み会で支払いに時間をかけるのもよくないとされていて、年上の人が一度に払って後で集金するというのが通例だった。そのまま集金がなく、うやむやのままになることも多かった。
いま思うとおおらかな時代だが、まずバブルの時代に、カネのことを話題にするのは下品ではないという風潮になった。下品でないだけで上品でないことは間違いないから私は人前でカネの話はしないが、どこの株がいいとかどこに投資するのが有利とかいう話は、バブル以降当り前になった。
いまの時代は、定期預金の年1.0%がお得ですといって銀行の宣伝文句になるくらいだが、当時は年8%の固定金利商品があった。10万円預けて年に8,000円である。これくらいあれば騒ぐ価値はあると思うけれど、年に500円1000円の違いで目の色を変えることはない。
バブルがはじけてそういった商品がなくなって数十年になるが、カネのことを人前で話しても構わないというのがそれ以来常識になった。いまだに電気料金が安くなるとか携帯料金が安くなるとかのセールスが多くて、着信履歴のほとんどはそういった電話である。
思い起こせば半世紀前、おカネが足りなければ働くか節約するかで、投資して資産を増やそうという論調はほとんどなかった。私自身は社会人になって株式投資をしたけれども、株を買うのも豆を買うのも他人の見る目は同じだった。FXも仮想通貨も、影も形もない。
話が右往左往して申し訳ないが、趣味の話が読みたくてWEBを巡回しているのに、そういう種類の表題とかサムネイルを見ると品がないと思う。別にどう思われたって痛くもないのだろうが、他人がどう思うかは結局のところ自分に降りかかってくる。あえて品がない人とお近づきになりたくない。
収入や資産以上に消費すれば貧乏になるのは当り前で、投資は結局のところゼロサムゲーム。うまく行く人もいるし失敗してもっと貧しくなる人もいる。自分はうまく行くと思えばやればいいけれど、自慢したり他人に奨めるものではない。
何事も程度問題で、年0.1%の金利差に敏感なのは千万単位で投資する人間だけだし、数円の価格差をどうこう言うのは大量仕入する卸問屋だけである。
貧乏人はそんなことを気にするよりも、どうやってストレスを減らして健康でいられるかを気にした方がいいと思う。
[May 27, 2026]
某球団監督の話
今週起こった「永遠に不滅な某球団」監督の話、世間では警察は逮捕までしなくてもいいのにとか、某球団は過剰反応みたいな論調が目立つ。ご参考まで私見を述べておきたい。
まず、兄弟(姉妹)喧嘩を止めようとして暴力沙汰になったようだが、十代後半ともなれば体力もある。本気でやらなければ止められないし間に入った方がケガをする。なんたって16歳で強盗殺人する奴等だっているのだ。力任せになるのはやむを得ない。
誰かがAIに質問して回答を読んで、最初の電話まで1分くらい。いまのご時世AIに質問するのもいいが、いくら操作が早くても頭で考えるより時間がかかる。児相に電話してそこから警察に連絡が行った。パトカーが来たのは、報道によると10分後である。
娘さんは18というから、もう成人である。児相の守備範囲かという話はあるけれど、成人女性が暴行を受けたと申告すれば、警察だって家庭内暴力を疑わざるを得ない。
問題があるとすれば、こんなに時間があったのに収拾できなかったことである。娘をひっぱたこうが押し倒そうが、「反則5カウント、場外20カウント」程度の時間であれば警察が来た時にはとっくにクールダウンしている。
何といっても野球監督、相撲部屋の親方と基本的に変わらない。「無理偏にゲンコツ」の世界である。口より先に手が出るし、普段家にいないから好かれていない。ケガはないというけれども、スポーツ選手に投げ飛ばされたりすれば打ち身くらいしているはずだ。
警察だって逮捕なんて面倒なことはしたくないが、被害者から申し出があるのに何もしないで帰ったらこのご時世逆におかしい。某監督も逮捕される前に「任意で署まで行って説明します」で済ませられなかったのだろうか。娘だって親父の稼ぎがなくなれば使えるカネが減るので普通は我慢するが、そこまで知恵がないか逆上していたのだろう。
家庭内の話で警察の逮捕はやり過ぎだという人は、家庭内で再三起きている悲惨な事件を放っておけというのだろうか。子供に暴力を振るったり食事を与えなかったり、育児放棄する親が続出するから、児童相談所も警察も、疑わしきは逮捕ということになる。少なくとも署まで連行して事情を聴くくらいすべきだろう。
だから児相も警察も間違ったことはしていないし、世間をお騒がせしたのだから監督をクビにした読売巨人軍も仕方がない。誰が悪いといって家庭内をちゃんと管理できていない本人が一番悪いし、家族を掌握できない人間が利害関係の異なる他人をマネージメントできるはずがない。
家族であろうが他人であろうが、暴力を振るうことは許されない。半世紀前と現在を比べて、今の方がずっといいことは数々あるが、いかなる理由があっても体罰は正当化されないというのもその一つである。
昔の学校には暴力教師が必ずいたが、そんなこと指導要領で認められるはずもない。何で子供を殴って何も言われないんだろうと思っていた。家庭にも暴力親父がいたが、民事不介入といって警察は見て見ぬふりをしていただけである。そんなことをしているから家族は崩壊し少子化になった。
昔は体罰があったから闇バイトで強盗殺人するような奴もいなかったというような事を言う人がいるが、昔も今も悪い奴はいる。昔はワルの間にも仁義があって、素人さんに手出しをするのは風上にも置けないという仲間内のルールがあっただけである。
夫婦であれ親子であれ、それぞれ別人格でそれぞれの見方考え方があるというのはようやく浸透したあるべき姿で、せっかく確立したのに後退するとしたら時代を逆行させることになる。児相も警察も家庭への介入を躊躇せず、悲惨な事件をひとつでも減らすよう動くべきであろう。
娘が大暴れしてケガするような兄弟ゲンカをするのであれば、高い給料貰ってるんだから事前に熊スプレーでも用意しておけばよかったのにと思う。悪名高きイランだって、デモ鎮圧には催涙ガス、その前に放水である。
[May 29, 2026]
某球団の野球監督の話。そもそもスポーツの監督が品行方正と思わないし、特にどこの対応もおかしくない。原則を言えば、娘であっても暴行されたと申告があれば逮捕されても文句は言えない。

LINK