
なんとなく思うこと・・・ニュースや世間のいろいろなこと、私が思うことと世間が感じることは違うみたいです。
あれが悪口と思う頭が70年古い
私が大学に入った頃すでに学生運動のピークは過ぎていたが、運動家が授業に入ってきて中断させたり、学内にも立て看板やビラがまだたくさんあった。共産党や民青も勢いがあって、いろいろ宣伝活動(先方は啓蒙活動と思っていたのだろう)が多かったのを覚えている。
だから左の方々は好きではないのだが、思想そのものは決して悪くはないはずである。貧富の差などない方がいいし、カネ持ちが社会で優遇されて当り前とも思わない。教育はすべての子供に均等な機会が与えられるべきだし、教育現場に宗教や軍国思想が入るべきでもない。
今回の立憲民主党議員の問題発言も、彼女が自衛隊をよくないと考えているそのこと自体が間違いとはいえない。世の中から、戦争も軍隊もなくなるのが望ましいし、その方向に向かって言論活動するのは自由である。そして、「自衛隊に入るのは経済的に苦しい家が多い」のは確かである。
問題はいくつかあって、ああいう言い方は失礼だし、自衛隊員すべてが貧しい環境に育った訳ではない。自衛官が多い一族が自衛隊に入るのと、病院一族が医者になり、福祉一族が施設職員になり、銀行員一族が金融機関に入ることと基本的に違いはない。
それより私が首をひねるのは、彼女がそれを「自衛隊をおとしめる」「自衛隊のイメージを下げる」いわゆる悪口のつもりで発言していることである。各党議員も、世間一般も、そういう趣旨で糾弾しているように見える。しかしよく考えれば、それは悪口にもならないしイメージダウンにもならない。立憲民主党の古さ、頭の固さを示すだけである。
この議員は日教組の推薦で、立憲民主の比例から参議院に議席を得た。日教組といえば、半世紀前「自衛隊は人殺しの集団だ」と授業で教えていた人達である。当時はまだ敗戦から間もなく、軍隊やその威を借りる連中にひどい目に遭った人達が多かったから、すべての人ではないもののある程度理解は得られた。
しかし戦後80年経って、自衛隊に嫌な思いをさせられた人は多くはない。確かに自衛隊の訓練は敵を殺傷することが目的だが、任務中の自衛隊に殺された民間人は国内外とも一人もいない(訓練中の死亡事故や、OBの起こした殺人事件くらいである)。
国民を守ること災害復旧することに意義を見出す人は多いし、給料をもらいながら大型や特殊車両、航空関係の資格を取りたい人だっている。カネ儲けの手伝いをするよりよほど人間らしい仕事だと私は思う。
そもそも、「貧乏人」が悪口やイメージダウンになると思う感覚が古すぎる。私自身、直接そう言われたとしても腹は立たないし、言った人間の品格が疑われるだけの話である。あの議員は全国に向けて「私は品格のない人間です」と言っているようなものである。
彼女やブレーンにもう少し知恵があれば、「自衛隊にはいまだにパワハラやセクハラがあり、訓練に名を借りたいじめも後を絶たないと聞きますが、大臣の見解をお伺いしたい」と質問しただろう。小泉Jr.がイエスと答えてもノーと答えても言質をとることができる。おそらく「ノーコメント」だろうが、「即座に否定なさらなかったと受け取っておきます」で十分である。
もし彼女が自衛隊のイメージダウンを図りたいなら、経済的に貧しい云々よりも前時代的職場だと強調すべきであろう。経済的に苦しい人間が多く入る組織があるとすればむしろイメージアップである。テレビ局に政治家やカネ持ちの子供が入ると聞くと、たいていの人はうさんくさいと思う。その逆バージョンである。
立憲民主党は身内の連合や国民民主党からも非難されている。身から出た錆、自業自得である。社会党がほぼ消滅したように、立憲民主党もこの先多くの支持を失っていくだろう。日教組も同様。この際PTAもなくなった方が、少子化対策になる。
[Jun 23, 2026]
立憲民主党議員の問題発言。彼女は日教組の推薦議員なので、自衛隊を認める訳にはいかないのだろう。ただし、イメージダウンさせる手段を間違えている。

架空話ブログが多いみたいで
世の中には架空話を書くブロガーが多いらしく、先般もいくつかのサイトにそんなことが書かれていた。それを読んで思い出したことがあったので、せっかくだから書いておく。二十数年ブログをやっているのでどこかで書いたかもしれないけれど「昔読んだ話だよ。年取ったから忘れたんだね」と許していただけたら幸いです。
私がブログを始めたのは2005年だが、ネット界隈に顔を出すようになったのはもう少し前、ミレニアム前後の頃である。当時まだコンピュータは文字のやり取りとアスキーアートくらいしかできなくて、つなぐのも富士通やNECのアクセスポイントまで電話しなければならなかった。
それでも、限られた時間(深夜の空いている2~3時間しかできなかった)に趣味の同じ人達とチャットをするのは、すごく新鮮で楽しかった。リアルでほとんど気の合う友人がいなかったので、生まれて初めて気の置けない仲間と付き合うことができたと思っている。
当時は、ニフティ会議室の某ジャンルに参加して、記事を書いたりチャットに加わったりした。そのおかげで、カナタイプが5割方速くなった。オートレース関係の記事をよく書いて(森クンのデビューが1997年。川口で現地観戦し、デビュー戦の記事を書いた)、そういうやり取りをしたのを覚えている。
そういう機会が重なると、自然と「今度ご一緒しましょう」という話になる。だから、性別や年齢を偽ったり、していないことを自慢すると、いずれバレることになる。何度かご一緒する機会はあったが、みなさん常識的で賢い方々であった。
(オートレース関係ではないが、当時ニフティのチャットに参加していた中で、後にポーカーでもご一緒することになった方がいる。三菱電機のSEをされていた。そういう職種の方が多かった時代である。私と同年代だからもう現役引退されているだろう)
その後、興味の中心が海外旅行やカシノ、ポーカーに移り、活動するのもそちらが中心になった。当時はオフ会が盛んだったから、年に何度かは現地でご一緒したり、国内でも集まって飲んだりした。
そして、当時はネットからの情報提供がいまのように充実してなくて、経験ある人のサイトを探して探して、ようやく目指す情報にたどり着けるという状況だった。いまなら、海外カシノの行き方やプレイの仕方、コンプの受け取り方の情報はどこにでもあるが、当時はごくごく限られていた。
そういうサイトでいろいろな情報をいただいたお礼に、自分でも知る範囲の体験をお話ししようと始めたのがそもそものブログの発端である。だから、倉庫の奥の方には、バカラやブラックジャック、大小、パイガオの楽しみ方が書いてあるし、中国罫線の記事もある。
そういう情報に、嘘やいい加減なことは書けない。記事を書く目的の半分は情報共有で、あと半分は自分で後から読んで「こういうことがあったな」と思い出すためである。嘘を書いても仕方がないし、自分の参考にもならない。そもそも楽しくない。
リタイアして資金的余裕がなくなり、いまやブログ記事はランニングや健康管理(糖質制限)が中心になった。この分野も同じことで、減ってもいない体重を減ったと書いたり、走ってもいないタイム、してもいないトレーニングで法螺を吹いても仕方がない。
マラソン大会ではどなたともご一緒しないけれど、将来みんな似たようなタイムになってご一緒できるかもしれない。何より、同じ世代同じ経験値で参加するランナーに失礼である。そして、何年前はどのくらいの体重でどういう体調だったか正確に記録するのは、誰のためでもない自分のためである。
昨日の続き。架空話ブログを書くのはアクセス稼ぎ、究極的には広告収入、アフィリエイトという実入りを目的としたものだそうだ。
私だって日々のアクセス数はチェックしていて、多ければ励みになるし少なければもっと話題を工夫しようと思う。とはいえ、友人の数を自慢するようなもので、多ければいいというものではないし、少なくても自分が後から読んで楽しめるからそれでいいと思っている。
実入り云々は、広告費やキャッシュバックをいただいた経験がなく、広告を入れるのも嫌なので昔から利用料を払う有料サイトである。自分が楽しいから書いているのに、それで収入まで期待しようとは思わない。昔はそんなものなかったし。
私のかつて常駐していた海外旅行やカシノのサイトとか、最近の糖質制限、登山、ランニングも、架空話をブログに載せる人はほとんどいないようである。メンバーが少ないし、見ようと思えば顔も見ることができる。嘘を書いてアクセスを稼いでも仕方ないジャンルかもしれない。
ところが、シニアサイトとか、貧乏・生活苦のブログとなると、アクセス数上位に架空話が少なくないそうだ。
通りがかりの人も多いし、タイトルに釣られてクリックするかもしれない。多い人だと何万もアクセスがあるらしいから、趣味と実益が両立するのだろう。
そう言われれば「もう離婚までカウントダウンです」とか「不治の病です」みたいな、タイトルだけで「釣り」的なブログを目にする。そういうブログに限って毎日更新するけれど、まあ、年単位では続かないようである。
たかだかアクセス数を増やしたいために、有名人と知り合いですとか電気ガス止められましたとか書いても仕方がない。ひどいのになると表題、サムネだけで他人の記事にリンクを張るだけなのもある。一度は騙されるが二度と行かない。
そういうサイトにアクセスが集中するのもどうかと思うが、人それぞれの考え方楽しみ方があるのでどうこう言わない。嘘つきは法令に触れないし。個人的にはそういう記事を読んで時間をムダにしたくないので、読まないし近づかないようにしている。
自分がそういうことをしないのは、貧乏ですとか病気ですみたいな嘘を書くと、そういう現実を引き寄せてしまうと思うからである。いわゆる「言霊」で、半世紀前には結婚式のご祝儀で二万円は包めなかった(割れるから)。カシノの話で大儲けしたと書いても破産したと書いても具合が悪いから、事実をそのまま書くしかない。たいてい持ち込んだおカネを溶かすだけである。
内田樹先生によると、高速で路肩を走って渋滞を抜け得意になっているドライバーに、将来いいことはないらしい。そういう行為の裏で「みんなが自分のようにしたら困る」という意識が働いていて、それは「自分のような人間はいない方がいい」という呪いとなって、自身に跳ね返ってくるそうである。
結論としては、架空話っぽい匂いを感じたら近づかないのが身のためであろう。書いている作者にいいことがなければ、読んだ人にだっていいことはない。私は私の経験が参考になればと思って書いている。私と同じような感性のひとを読者に想定しているので、「呪い」にはならないはずである。
[Jul 10, 2026]
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